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名古屋高等裁判所 昭和47年(ネ)613号 判決 1975年10月02日

控訴人 附帯被控訴人(被告) 中部日本放送株式会社

被控訴人 附帯控訴人(原告) 加藤剛

主文

本件控訴、附帯控訴(当審で追加した新請求を含む)はいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は被控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、「附帯控訴(被控訴人の請求追加分を含む)を棄却する。」旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決、附帯控訴により当審で請求を拡張し「原判決主文第二項第三項を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し金一〇、二四四、〇七七円及び内金二、六一七、三八二円に対する昭和四三年一月二三日以降、内金六、九〇二、二九五円に対する昭和四七年五月一〇日以降、内金七二四、四〇〇円に対する昭和四九年二月二〇日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠関係は、左記に付加するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

一、被控訴人の主張

(一)  控訴会社では、職員の身分、職位として、社員、主事、主任、課長補佐(昭和四七年二月まで課長代理待遇)、課長代理、課長、部次長、部長、局次長、局長、理事などがあり、社員以外にはその身分、職位に応じて身分(役付)手当、打切基準外手当を支給しているが、主事、主任、課長補佐に対する右各手当の額は別紙A表記載のとおりである。

なお、右身分といい職位というも賃金上の格付けの制度にほかならない。

(二)  被控訴人は昭和三二年三月名古屋大学文学部を卒業し、同年四月控訴会社に入社したものであつて、控訴会社の職員であるところ、被控訴人と同学歴、同社歴(入社後年数)を有するものが昭和四八年までに主事以上の身分、職位に昇進した状況は別紙B表記載のとおりである。これによると、昭和四三年四月一日主事に、昭和四六年三月一日主任に、昭和四八年三月一日課長補佐に昇進しているものが中位のグループに属する。

(三)  しかるに、被控訴人は昭和四〇年七月七日、社員の身分のとき、違法解雇されたため、その後に少なくとも前記中位のグループ程度に昇進し得べき期待権を侵害され、その結果昭和四三年四月一日以降昭和四七年三月三一日までの間において別紙C表のとおり身分(役付)手当、打切基準外手当各相当額合計金七二四、四〇〇円(但し、右各手当支給に伴い勤務手当月額金三、〇〇〇円を減額されるので、これを控除したもの)の損害を受けたことになる。

(四)  そこで、被控訴人は、本訴請求を拡張し、さらに右損害の賠償として金七二四、四〇〇円及びこれに対する附帯控訴状送達の翌日から完済に至るまで民事法定利率年五分の遅延損害金の支払を求める。

二、控訴人の主張

(一)  本件解雇の事由とされた被控訴人の行為は、就業規則四条の「職員はその職務について上長の指揮命令に従い通達を守り、上長は所属職員の人格を重んじ、互に協力してその職責を遂行しなければならない。」、同五条一号の「所管業務の遂行に関しては、迅速・正確を旨とし責任を持つこと」、同条九号の「勤務時間中直接業務に関係のない行為をつゝしむこと」、同条一〇号の「職員としての体面を汚す行為をしないこと」に違反し、同六八条一号の「この就業規則中の守らなければならない各条項を守らないとき」、同二号の「当然なすべき職務を怠つたとき、または業務上の命令を怠つたとき」のほか同条五号の「故意または過失により会社に重大な損害を与えたとき」にも該当するものである。

(二)  被控訴人の解雇権乱用の主張について

労使双方の継続的信頼関係を基盤とする労働契約殊に終身雇傭制を前提とする場合にあつては、解雇権の行使が乱用とされるべきか否かの判断は、当該労働者の使用者に対する労働契約上の義務の履行が信義に従い誠実に行われていたかを十分検討されねばならないところ、後記のように被控訴人は営業部への配転以後は、従業員として当然なすべき労務提供者としての立場を全く放擲し、専ら当時の組合執行部のいわば使用人に徹することが自己の任務であるとの誤つた認識のもとに組合指令に対し猪突猛進許容条件をも無視してこれに従いながら、控訴会社の業務命令に対してはことごとくこれに反発するばかりかたまたま命ぜられた対外接渉の場合には会社の重要な取引先である広告代理店との無用のトラブルを発生せしめ、もつて会社の信用を失墜せしめその他多大の損失を蒙らせたのである。被控訴人は、控訴会社との関係では営業部員としてというよりは寧ろ会社員としての適格性を完全に喪失していたものであり、控訴会社としては会社の利益擁護のために被控訴人を企業外に放逐せざるを得ない。

また、本件解雇事由となつた被控訴人の行為は、すべて故意もしくは悪意に基づく積極的行動で、常識的判断で抑制可能であるに拘らず、この反対動機を抑えて無視して行つたところの上司に対する迫害行為であつたり、度重なる職務命令違反であつたりしたもので、これに対しては解雇以外の懲戒処分の選択はあり得ないし、企業秩序維持のためになされた本件解雇は不当に苛酷だといわれる筋合いのものでない。

1  控訴会社は放送法・電波法の直接規制を受け、政治的中立性の保持、その他公正な報道機関として事業活動を行う法的責務を負うもので、従業員に対しても服務規律・職務専念義務についていやしくも事業の公共的性格を没却することがないように求めている。

2  控訴会社は、広告媒体であるラジオ・テレビの放送電波を商品として販売し、これによる収益によつて維持されているのであるが、右広告媒体の商品としての価値は顧客たるスポンサー広告代理店との取引は、放送会社の信用(営業上のステーシヨン・イメージ)を中心とした信頼関係に基づき行われており、この信頼関係の如何が取引の成否に関係するのである。そして右販売収入獲得のためにはスポンサーとの間に取引上介在する広告代理店の協力により営業活動を成立せしめているところ、前記信頼が失われたときはいつでも一方的に契約を解除されるのである。

3  被控訴人が本件配転により配転されたテレビジヨン局営業部は、右販売業務を分掌する重要部門であり、顧客等外部に対し控訴会社を代表して接触し取引を行つている重要な窓口で、その販売実績の推移がそのまま直接会社の経営面に大きな影響を与えることになるので、控訴会社は対外接渉特に広告代理店との取引関係に対しては殊のほか意を用いており、営業部員としては、前記信頼関係を維持するため顧客に対する接渉等について万に一つの遺漏あることは許されず、服務規律は常常厳正に保持さるべきものとされていた。

4  控訴会社は企業の特殊性から従業員に対しては厳正に信賞必罰をもつてし(いずれも控訴会社の審議機関ないし常務会において慎重に審議している)、昭和二七年から昭和四〇年までに解雇三件・出勤停止七件の懲戒処分(譴責・戒告を含む総件数は一八二件)があつたが、右出勤停止の処分事由は、いずれも放送機器故障による放送事故に対する監理責任あるいは過失による番組の一部落失によるものであつて、本件解雇事由とはその質量において重大な差異が存する(従つて、本件解雇処分は権衡を失しない)。

5  被控訴人は、労働契約の本旨に従い労務を提供すべき義務を負つておるところ、右の労務の提供は単なる物理的労働力の提供ではなく使用者の信頼に応えるに足るものであることが要請されるのに、昭和四〇年四月六日テレビジヨン局営業部に出勤するようになつて以来営業部の業務につき積極的に求めてこれを行つたことのないことは勿論、上司からの業務命令にも容易に従わず、控訴会社の期待する業務命令の完全な遂行実現に自ら意を用いることは全くなかつた。この被控訴人の勤務意欲の欠如は出勤当日の服装態度にも現れている(対外取引を主たる業務内容とする営業部員としての一般常識に反しスポーツシヤツ姿であつた。)。

本件配転が被控訴人の希望しない異職種の職場であり、被控訴人が本件配転に対する抗議として職場における正当な労務の提供をしなかつたものであるとしても、かかる抗議は別の方法ないし形態で行われるべきものである。

6  被控訴人が右最初の出勤日にリボンを着用して挨拶廻りにいつたのは、これによつて控訴会社を困らせようとする業務妨害の害意の存在していた徴表であり(リボンを外しても訴外組合の指令に反するものではなかつた)、その他本件解雇事由となつた被控訴人の各行為はいずれもその労務提供意欲の欠如の結果であつて、控訴会社に対する重大な挑戦行為で控訴会社としては企業利益・企業防衛という見地からも放置できないことは当然である。

(三)  拡張した請求の原因事実について

被控訴人主張(一)の事実は認める、但し身分、職位は専ら賃金上の格付けのために設けられた制度ではない。同(三)の事実中、被控訴人が昭和四〇年七月七日解雇された当時の身分が社員であつたことは認めるが、その余は争う。控訴人の従業員に対する身分、職位の昇進は、従業員中一定の社歴を有する者のうちから勤務態度等が特に優秀という選考基準に合致し、当該身分、職位にふさわしい者を一定の手続に従つて昇進させるものであるから、被控訴人主張の如く学歴・社歴のみで一定の身分、職位に昇進できるものでなく、また、本件解雇後勤務していない被控訴人について勤務態度等の評価は全くなし得ないのであるから、被控訴人につき昇進の問題が生ずる余地はない。

三、証拠関係<省略>

理由

一、被控訴人は昭和三二年四月一五日以来控訴会社に勤務していたものであるが、昭和四〇年七月七日付で懲戒解雇(本件解雇)の意思表示を受けたことは当事者間に争いがない。

ところで成立に争いのない乙第一号証の一、二と弁論の全趣旨によれば、控訴会社で昭和三七年二月一日以来施行されていた(昭和四三年四月一日変更)就業規則では、懲戒処分として戒告・譴責・職分変更・出勤停止(一五日以内)・解雇の六種が定められ(六九条・七〇条)、懲戒処分に該当する行為として(1)この就業規則中の守らなければならない各条項を守らないとき(六八条一号)(2)当然なすべき職責を怠つたとき、または業務上の命令を怠つたとき(六八条二号)(3)故意または過失により会社に重大な損害を与えたとき等の定めがあり(六八条五号)、さらに従業員が守らなければならない条項として(1)職員はその職務について上長の指揮命令に従い通達を守り、上長は所属職員の人格を重んじ、互に協力してその職責を遂行しなければならない(四条)、(2)所属業務の遂行に関しては迅速正確を旨とし責任を持つこと(五条一号)、勤務時間中直接業務に関係のない行為をつつしむこと(五条九号)、職員としての体面を汚す行為をしないこと(五条一〇号)、許可なく職務以外の目的で会社の設備・機械器具を使用しないこと(五条一四号)等の定めがあることが認められ、後記認定のとおり被控訴人には右に掲記した就業規則五条各号に違反する行為があり、右は就業規則六八条に該当する事由というべきである。

二、しかるところ、被控訴代理人は、本件解雇は、被控訴人が正当な組合活動をしたことを理由とするものであり、かつ、本件解雇をするに至つた決定的動機が訴外組合における労使協調勢力の培養と訴外組合を労使協調組合に転換させることにあつたのであるから、労働組合法七条一号、三号の不当労働行為に該当し、仮にしからずとしても、解雇権の乱用である旨主張するので、まず、控訴人と訴外組合との労使関係の推移について検討するに、この点に関しては原判決が認定の根拠とした証拠に、成立に争いのない甲第一〇〇号証の一、二、乙第三三号証の一、二、第三四号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八一号証と当審証人伊藤幸三の証言・当審被控訴本人尋問の結果を加え次のとおり付加訂正するほかは原判決理由記載(原判決七〇枚目裏三行目から七七枚目裏五行目まで)のとおりであるから、ここに右の記載を引用する。

1  七一枚目裏末行から七二枚目表五行目までを「このような経過のもとで控訴会社の副社長が部課長に対し『部会課会が真の意味の部会課会の域を逸脱しているが、それは労働組合活動の質的転化によつて引起されたものである』として民放労連の運動方針を挙げて『このスローガンが部会課会に反映して右のような逸脱をする場合もあり得るから、そのような場合手際よく処理してほしい』旨の要望をし、この談話が社報に掲載されたが、これも訴外組合では、控訴会社の組合丸抱えの意欲の現れであるとした。」と訂正する。

2  七二枚目表六、七行目の「被告の組合脱退勧告に従い」を削除する。

3  七四枚目裏初行の「七一項目」を「七五項目」と改める。

4  七五枚目裏三行目の「一五回」を「四四回」と、同四行目の「二一八名」を「一九二名」と、同八・九行目の「合計九項目」を「数項目」と改める。

5  七六枚目表一〇行目の「実質的団交を経ないまま」を「実質的団交ができないでいたところ」と改める。

そして、さらに、本件解雇に至るまでの経過について検討するに、被控訴人は控訴会社に入社した当初は編成局報道部、次いで同部ラジオニユース課、ラジオ局報道部ニユース課に所属し、昭和三八年八月一六日より訴外組合の専従役員となり休職し、右専従の解かれた後昭和三九年八月一六日よりラジオ局報道部に所属していたところ、昭和四〇年四月一日付をもつてテレビジヨン局営業本部営業部に配転(以下本件配転という)を命ぜられたことは当事者間に争いなく、本件配転を含む右同日付人事異動のなされるに至つた経緯に関しては、原判決が認定の根拠とした証拠に当審における被控訴本人尋問の結果を加えるほかは原判決理由記載(七七枚目裏七行目から八三枚目裏二行目まで)のとおりであるからここに右記載を引用する。

次に控訴人が解雇事由として主張するところの本件配転後の新職場での被控訴人の行動をみる。

(一)  リボン、赤鉢巻の着用

この点に関しても、原判決が認定の根拠とした証拠に当審証人大脇崇、同高橋一夫の各証言、被控訴本人尋問の結果を加え、次のとおり付加訂正するほか原判決理由記載(原判決八七枚目表初行から九六枚目表四行目まで)のとおりであるから、ここに右の記載を引用する。

1 九一枚目裏九行目の末尾に「そのため同課長はその間来客に応待できず待たせておかなければならなかつた。」を加える。

2 九五枚目裏二行目「その際も」の次に「取外しを命ぜられていたのに」を加える。

(二)  「不当労働行為罪状証明」という文書の展示

この点に関しては、原判決が認定の根拠とした証拠に当審証人高橋一夫の証言を加えるほか原判決理由記載(原判決九七枚目表四行目から九八枚目裏五行目まで)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(三)  施設利用

この点に関しても、原判決が認定の根拠とした証拠のうち乙第八号証の一、第二四号証、第二八号証の三を削除し、当審証人伊藤幸三の証言を加えるほか、原判決理由記載(原判決九八枚目裏七行目から一〇〇枚目表末尾より二行目まで)のとおりであるから、これをここに引用する。

三、以上認定の事実関係に基づいて被控訴人の新職場における右認定の行動について考えるに

被控訴人は昭和四〇年四月六日以降において、就業時間中、リボン、腕章、ワツペン、鉢巻を着用し、直属の上司である営業部長高橋一夫らより再三にわたり、営業部員として職責上支障があるから外すようにと指示されたのにかかわらず、これに従わず、このため、同営業部長としては、被控訴人を社外で直接取引先と接触する業務に従事させ、取引先の不評を招き控訴会社の営業上支障を生じさせないよう社内のデスク業務に従事させる扱いをするのやむなきに至つたのでありまた、被控訴人は「不当労働行為罪状証明」と頭書した文書を顧客の出入りする同営業部内の自己の業務机上に展示し、さらに被控訴人は、社内だけでなく、社用で取引先に出向いたときも鉢巻を着用したままであつたので、取引先で営業部員として非常識な異様な風態であると非難されたことが再三あり、このため控訴会社では職場規律、上司の命令は職員に徹底していないとの疑い、不信を取引先間に醸成させ、なかには控訴会社との取引停止をほのめかす取引先すらあつたのであり、これら被控訴人の行為は前記就業規則四条、五条に違反し、六八条一号、二号に該当するものというべきであり、また、控訴会社、訴外組合間に成立した施設協定によつて、争議行為中の組合及び組合員は控訴会社内の食堂の使用を禁止されていた(被控訴人は、ここにいう争議行為とは全面スト或いは職場単位の部分ストを指し指名ストは含まれず、施設の使用とは職場滞留をいうと主張するが、右のように解釈すべき根拠は発見できない)被控訴人が指名スト中の昭和四〇年四月一日、同月三日の二回にわたり、控訴会社の許可なくして、昼食のため右食堂を使用したのであつて、右行為は施設協定に反するもので結局前記就業規則第五条一四号に違反し、六八条一号の懲戒事由に該当するといわなければならない。

四、しかるところ被控訴代理人は、控訴会社は昭和四〇年四月一日付人事異動のなかに被控訴人、訴外遠藤、同広田ら組合幹部三名に対する配転命令を含ましめて不当な組織攻撃をしてきたので、被控訴人は右不当配転に抗議する訴外組合の指令に基づき正当な組合活動としてリボン、腕章、鉢巻等を着用していたに過ぎず、また営業部長高橋一夫に対する「不当労働行為罪状証明」なる文書作成の事情も、同営業部長が被控訴人に対し鉢巻を外すよう指示し、組合活動に不当な干渉をしたので、これに抗議するためになしたものであるというが、控訴会社およびそのテレビジヨン局営業部は当裁判所も原審認定と同様の特殊性をもつものと認定するものである(この点に関しては原判決が認定の根拠とした証拠に当審証人高橋一夫の証言を加えるほか原判決一〇〇枚目裏初行から一〇一枚目表末行までの記載と同一であるから、これをここに引用する)ところ、使用者の指揮命令下にあつて執務すべきものとされている限り、その職責の遂行に支障を来し、営業の妨げとなる行為は組合活動としてもこれを正当のものということはできないのであつて、右認定の控訴会社営業部の特殊性にかんがみれば、同営業部所属の被控訴人が、就業時間中社内外を問わずに、リボン、腕章、鉢巻等を着用することはその職責の円滑な遂行に支障を生じ、営業の妨げとなるものというべきであるから、着用の動機、目的および事情の如何は懲戒に値いするかどうかの評価に差異が生ずるにとどまり、組合活動としてなされたからといつてこれを正当な組合活動というを得ない。したがつて、また、営業部長高橋一夫らが業務上の必要に基づき被控訴人に対し右着用を禁じたことは正当であり、これを組合活動に対する不当な干渉であるというのも当らないといわなければならない。

被控訴代理人は、また、労組法七条三号にいう不当労働行為であるというのであるが、被控訴人の前示懲戒事由該当の行為のうち、食堂使用行為は単に昼食のためのものであつて、他意はなく、また右行為によつて食堂の管理使用上控訴会社において別段支障を生じたという事情はうかがわれないことからみても、これによる就業規則違反の程度は極めて軽微であると判断せざるを得ない。けれども、前記三において述べた被控訴人の行為は、被控訴人が上司の指示に対しこれを組合活動に対する不当な干渉であると独断し、これに固執して上司の指示に拮抗反発したことに基因し上司の名誉を毀損する行為に出で或いは、また職場規律を軽視し、控訴会社の業務運営を阻害する行為でもあつて、これがため控訴会社が顧客の不評(顧客の労働組合に対する無理解やいわれなき嫌悪感からでたとしても、営利会社としては無関心ではあり得ない)を招くに至つた以上、控訴会社が被控訴人の右行為を看過できないことは当然であることに照らせば、前示労使関係の推移、本件配転に至る経緯では控訴会社が労使関係協調の方向に訴外組合が転換することに強い願望をもつていたことを窺わせるにとどまり、未だ本件解雇が被控訴人主張のような意図のもとになされたものと断定できず他に右主張を維持するに足る事実を認定するに足る確証はない。

被控訴人のこの点の主張は採用できない。

五、解雇権乱用の主張について

(一)  控訴会社が就業規則において戒告、減給、職分変更(降格)、出勤停止(一五日以内)、解雇の五種類の懲戒処分を定めていること前記のとおりであるところ、成立に争いのない甲第二号証、前掲甲第二六号証によれば、控訴会社は昭和四〇年七月七日付で被控訴人、訴外組合執行委員長訴外西沢璋の二名を懲戒解雇、同副委員長訴外菅生煕を出勤停止一五日、同年八月二三日付で同執行委員書記長、書記次長を出勤停止、同日付で昭和四〇年度労使交渉期間中の闘争委員の内一二名を減給処分に付したこと、右懲戒処分は、訴外組合が同年三月二五日より同年七月七日までの間において、就業規則、職場秩序を無視し、会社構内における無許可集会、施設利用、会社の名誉、信用を毀損する不当な情宣活動、業務命令違反等、正当な組合活動の限度を逸脱した行為を反復行なつたことについて、その計画指導ないし直接の実行者であつたことを懲罰事由とするものであつたこと(なお、略同期間中に訴外組合が合計数十回に及ぶ全面、部分、指名ストを指令実行したことは前示したとおりである)が認められ、このように、当時の執行委員長西沢璋のほかは、被控訴人だけが懲戒解雇されていることをみても、控訴会社が被控訴人の責任を重視したことは極めて明瞭である。

(二)  しかしながら、本件解雇事由となるべき行為の態様をみるに、被控訴人が上司である営業部長高橋一夫に対する「不当労働行為罪状証明」なる文書を作成展示したことについて、被控訴人は右文書を同営業部の自己の業務机の上、ガラス板との間に挿入していたものであつて、故らに外部の者に公示する目的で行なつたものとはみられず、同営業部長も厳しく右文書の収去を要求せずに存置させていたという事情があり、また、リボン、腕章、鉢巻等の着用についても、右行為は、訴外組合が昭和四〇年四月一日付配転命令、なかんづく訴外広田、同遠藤、被控訴人に対する配転命令に抗議することを主たる目的として、同組合闘争委員会、職闘会議の議を経て決定した指令に従つてなされたもので(指令の限度を故意に逸脱した事実を認むべき証拠はない)、被控訴人は控訴会社の業務に支障を生ぜしめることを目的としたものでなく、一方控訴会社の営業や人事をそれぞれ担当する幹部らも被控訴人の右行為が少なくとも当初は本訴において控訴人が主張するような重大なものと考えてはいなかつた(そうでなければ、既に被控訴人を非難する顧客がでているのに組合の指令と称して着用をやめない被控訴人を懲戒する措置をとらないのみか、そのまま営業部で勤務させ、社外の仕事にも従事させていたことが理解できない。被控訴人の反省を待つていたためであるというならば、待つこともできる程度のことであるということになろう)こと、被控訴人は昭和四〇年四月一六日以降は主として同営業部の社内デスク業務に従事していたので、右リボン、腕章、鉢巻等を着用したままで直接取引先顧客と応接する機会は、さきに引用した原判決認定の特別の場合以外殆んどなしに経過していたことを考え合わせると、被控訴人が右リボン、腕章、鉢巻等を着用していたことに因り被控訴人を企業外に放逐しなければならない程控訴会社の業務に重大な障害が生じたものとは認められない。

この点に関し控訴代理人は、控訴会社の収入は昭和四〇年九月期において前期比約二、二〇〇万円の減収を生じ、また控訴会社幹部が取引先顧客を廻つて陳謝するために多大の費用を支出した旨主張し、原審当審証人高橋一夫、原審証人伊藤幸三の各証言によれば、控訴会社の同年九月期決算において前期(三月)比約二、〇〇〇万円の減収となつていること、同年春以降の争議に関して、控訴会社副社長らが同年五月頃より同年一〇月頃にかけて、陳謝のため取引先を廻つたことが認められるが、これが被控訴人が前示行為に出でたことに因るものであることを確認し得べき証拠はない(それ故就業規則第六八条五号に該当するとの評価はできない)。

そして、本件解雇理由に付加されている食堂への立入り、使用が懲戒事由として軽微なものとみるべきことについては、既に説示したとおりである。

(三)  以上の如く、本件解雇理由となるべき被控訴人の行為の態様、訴外組合の闘争委員に対しなされた懲戒処分の内容、また被控訴人において過去に懲戒の前歴があるとか、ないし平常の勤務態度自体に格別問題のあつた事実はうかがわれないことなど諸般の事情に照らすと、控訴会社が卒然として懲戒解雇の措置に出でたことは被控訴人に対し選択すべき懲罰の種類を誤り、懲戒されるべき行為に比し、合理的裁量の限度を超えて、過酷な処分を選択したものと判断することができ、結局本件解雇は懲戒解雇権を乱用した無効の処分と解すべきである。

六、右の次第で、控訴会社、被控訴人間には依然として雇用契約上の法律関係が存続しているというべきところ、控訴会社が本件解雇後被控訴人の就労を拒否していることは当事者間に争いがないので、民法第五三六条第二項本文により、本件解雇後の昭和四〇年七月一六日以降被控訴人において従業員たる地位に基づき請求できる賃金等につき、控訴会社はその支払義務あるものといわなければならない。

しかして、当裁判所も、当審で新に被控訴人の追加請求にかかるものを除き、被控訴人が控訴会社に対し支払を求め得べき金額は金九、四六八、九七七円及び内金二、六一七、三八二円に対する昭和四三年一月二三日以降、内金六、八五一、五九五円に対する昭和四七年五月一一日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員であると判断するが、その理由は、次のとおり訂正するほか、原判決説示の理由(原判決一一二枚目裏二行目「原告が」より同一一三枚目裏末行までの記載)と同一であるので、これを引用する。

原判決一一二枚目裏八・九行目の「成立に争いのない乙第一号証の」を削り、一一三枚目表二行目「認められ、」より同裏五行目「明らかであるから」までを「認められるが、ここにいう父母とは所得税法にいう扶養控除対象者たる父母とその意味内容を同じくするものと考えられる。しかるに、成立に争いのない甲第七九号証、乙第三〇ないし第三二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第八〇号証の一、二、三、被控訴人の原審尋問の結果によれば、被控訴人の母は昭和四五年九月九日満六〇歳に達したが、夫である訴外加藤清一(被控訴人の父)の申告総所得金額は昭和四四年二七四、〇〇〇円、昭和四五年三一〇、〇〇〇円、昭和四六年三二〇、〇〇〇円であることが認められ、これによると、被控訴人(家族の妻子を含む)は両親と同一建物に居住しているとしても生計を一にするものとはいえない。したがつて、就業規則上、被控訴人の母は被控訴人の扶養家族に入らないことに帰着するから、」と改める。

七、次に、被控訴人が当審で新に追加した、身分(役付)手当、打切基準外手当各相当額損害金の請求について、考えるに、

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三六号証によれば、被控訴代理人主張の主事、主任、課長補佐の選考手続は、従業員中よりその能力、人物、業績、勤続年数等(社歴をも含めた時期もある)を勘案した選考基準に従い、所属長の意見をきき社長が常務会の議を経て発令するものであることが認められ、被控訴代理人のいうように、控訴会社の従業員はある勤続年数を経過すれば主事、主任、課長補佐に昇進できるというものではないから、被控訴人と同学歴、同年度に入社した者の過半多数が主張のとおり主事、主任、課長補佐に昇進していることを根拠に、被控訴人は少なくともその平均位において右地位に昇進すべき期待権を有しておりそれが侵害されたとはいえないのである。なお、一般に被控訴代理人主張のような期待的利益は事実上のものにとどまり、仮に昇格差別その他の不当労働行為に該当するものであれば不当労働行為制度固有の救済を受け得るに過ぎないと解する。

したがつて、これと異なる見解のもとに、前記損害金の支払を求める被控訴人の請求は失当であるので棄却すべきである。

八、よつて、本件控訴は、附帯控訴(当審における被控訴人の追加請求を含む)はいずれも理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男 山内茂克 清水信之)

(別紙省略)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一、原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有することを確認する。

二、被告は原告に対し金九、四六八、九七七円および内金二、六一七、三八二円に対し昭和四三年一月二三日から、内金六、八五一、五九五円に対し、昭和四七年五月一一日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告のその余の請求はこれを棄却する。

四、訴訟費用は、被告の負担とする。

五、この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「主文第一項同旨ならびに被告は、原告に対し、九、五一九、六七七円および内金二、六一七、三八二円に対し昭和四三年一月二三日から、内金六、九〇二、二九五円に対し昭和四七年五月一一日からそれぞれその支払の済むまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および金員の支払を求める部分につき仮執行の宣言。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、原告の請求原因

一、被告は、放送法による一般放送事業者の放送事業およびこれに関連附帯する業務を営む株式会社であり、原告は、昭和三二年四月一五日被告に入社し、当初は、編成局報道部に、同年一〇月一六日より同部ラジオニユース課に、昭和三六年六月一日よりラジオ局報道部ニユース課に、昭和三八年八月一六日より後記訴外組合専従役員として一年間休職し、昭和三九年八月一六日より報道局ラジオ報道部にそれぞれ所属した。

ついで被告は、昭和四〇年四月一日付で原告をテレビジヨン局営業本部営業部へ配置換(以下「本件配転」という。)した。

二、一方、原告は、被告の従業員のうち約五〇〇名で組織する訴外中部日本放送労働組合(以下「訴外組合」という。)に所属し、昭和三七年八月より執行委員(法規対策部長)、昭和三八年七月より書記長(専従)、昭和三九年九月より訴外組合の上部団体である民間放送労働組合連合会(以下「民放労連」という。)の地域組織である東海地方連合会(以下「東海地連」という。)の書記次長となり、昭和四〇年七月当時も右役職にあつた。

三、被告は、昭和四〇年七月七日原告に対し、就業規則六八条、六〇条に基づき原告を懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

四、しかし、本件解雇は無効であるから原被告間には依然として雇用契約が存在し、原告は、雇用契約上の権利を有するところ、被告は、原告の右権利を否定し、原告の就労を拒否している。

従つて原告は、被告に対し、昭和四〇年七月一六日以降の賃金請求権(同月一五日までの賃金は受領ずみ)を有するところ、そのうち昭和四七年三月三一日までの賃金合計九、五一九、六七七円(内訳は別表(1)ないし(3)の原告主張欄記載のとおり。)および内金二、六一七、三八二円に対し訴状送達の日の翌日である昭和四三年一月二三日から、内金六、九〇二、二九五円に対し昭和四七年五月一〇日受付請求の趣旨並に原因変更の申立書(二)送達の日の翌日である同月一一日からそれぞれその支払の済むまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を有する。

なお、原告は、別表(1)記載のとおり昭和四五年九月より母が満六〇才となり原告の扶養家族となつたとして母の分の家族手当毎月一、七〇〇円を請求している。これは、原告の父の年収は三〇万円を下らないけれども、自己の生活費と医療費とに追われ原告の母を扶養できないので、やむなく原告が母を扶養しているからである。

五、よつて、原告は、請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴請求に及んだ。

第三、請求原因に対する被告の認否

一、請求原因一の事実は認める。

二、同二の事実中原告の東海地連における役職名は不知、その余の事実は認める。

三、同三の事実は認める。

四、同四の事実は、本件解雇以後被告が原告の従業員としての権利を失つたものとして、その就労を拒否していることは認める。その余は否認する。

なお、原告が仮にその主張どおりの雇用契約上の権利を有すると仮定した場合の原告の賃金請求に対する認否は、別表(1)ないし(3)の被告の認否欄記載のとおりである。

また、原告は、その母を扶養家族として家族手当を請求しているが、扶養家族を定義している被告就業規則七二条二号(改正前の七四条二号)所定の「職員に扶養の義務があり、しかも収入の途のない満六〇才以上の父母」にいう収入の有無については所得税法上の扶養控除対象者に該当するか否かによつて画一的に判断している。そして昭和四五年度以降における扶養控除対象者は、年間所得が一〇万円以下の者と定められている。

ところが、原告の父の年間所得が一〇万円を越えていることは原告の自認するところであるから原告の父は当然に原告の扶養家族に該当せず、従つてその妻である原告の母も原告の扶養家族には該当しないのである。

このように被告は、今日まで原告と同一の家族構成にある被告従業員、すなわち、両親が満六〇才以上で、両親のいずれかに所得税法上の扶養控除対象者となし得ないだけの収入がある場合には、その両親に対しては家族手当を一度も支給したことはないのである。

第四、被告の主張

一、被告の事業の特殊性と従業員の職場規律

被告は放送事業を営んでおり、一般生産販売事業と異り次の如き特殊性を有する。

(一) 被告は、電波法と放送法によつて直接規制されている。

電波法一条は、電波の公平かつ能率的な利用を確保することによつて公共の福祉を増進することを目的とすると規定し、また放送法一条は、放送を公共の福祉に適合するように規律しその健全な発達を図ることを目的として、「一、放送が国民に最大限に普及されてその効果をもたらすことを保障すること。二、放送の不偏不党、真実および自律を保障することによつて放送による表現の自由を確保すること。三、放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて放送が健全な民主々義の発達に資するようにすること。」と規定している。

また、被告はその営む放送事業が事業目的執行上における制約、一般広告媒体としての制約を受けることはもとより当然である。このように被告は、放送関係法規の規制を受ける民間放送企業であるため、政治的中立の保持等に配慮しながら事業活動を行うべき責任を負つている。したがつて、被告は従業員の服務規律につき、いやしくも事業のかかる性格を没却することのないよう求めている。

(二) 被告はスポンサーに一定料金で電波を売ることを経営の基礎とする企業体であり、しかもその商品は広告の媒体となる放送時間であつて、放送時間には限度があり(現在、被告のラジオは終日放送、テレビは午前六時四〇分頃から深夜一時四五分頃まで)、量的に限定され増産が出来ない。

而して、商品である放送電波の広告媒体としての媒体価値は、ステーシヨン・イメージ(公衆の放送局に対する心情的評価)や視聴率の総合的実績、放送局としての生産能力等の総和をもつて構成されるが、これが広告業界において定評を獲得するに及んでその放送局の営業活動の分野における信用(営業上のステーシヨン・イメージ)を形成する。放送会社のスポンサー・広告代理店との商取引は、この多分に人の心情に依存する信用と慣行によつて行われ、この信用が失われれば、全く一方的に取引が解消されるに至る。尚、この信用には、スポンサーの広告計画の秘密を守る秩序ある放送局であるとの信用も当然に含まれる。

このような事情にあるため、被告は広告代理店・スポンサー等の取扱いについては、事業経営上、格段の配慮をなさざるを得ない。そのため、右信用を背景ないし基盤として、直接これらの関係者と日常接触し、営業活動を行う従業員は、取引の基礎となる信頼関係を更に高めるべくこれらの者に対する折衝、接遇について遺漏のあることは許されず、この面における従業員の服務規律は、厳正に保持すべきものとされていた。

(三) 被告の行う放送は、近代技術の粋を集めた機材を用い、職員相互の密接な連絡の下に行われ、商品である放送番組はすべて一回性、斬新性という非代替的な特殊性格を持ち、その具体的な販売、企画から放送終了までの全作業は、多数の従業員の組織的な関与の下に、一連の統一過程として行われ、僅少な一部の欠落支障も、全作業の適正な遂行に影響を与えることになる。

このため被告においては、特に、指揮命令連絡に対して厳正な職場規律が不可欠のものとなる。従つて被告において従業員の服務規律は厳正に保持すべきものとされていた。

二、労使関係の推移

(一) 被告は訴外組合との間に昭和二八年一一月一〇日労働協約を締結した。

この協約は、労使対等の相互権利尊重を確認し、その基盤の上に立つて、総則、人事、労働条件、災害補償、福利厚生、組合および組合員の組合活動、組合員の政治および文化活動、交渉と紛議の措置、争議行為、労使協議会、協約の効力という各章を盛り込んだ包括的労働協約であつた。

「労使協議会」の章では、「……労使協議会は本協定に定めた相互の権利の上に立つて共同の利益確保のため、社業の民主的発展を期するとともに労働条件、その他の問題を円滑に運営するをもつて目的とする」と規定し、労使協議会の場で双方誠実に意を尽して協議し、その上で団体交渉を重ね、なお解決しない場合に労働委員会のあつせんまたは調停にゆだねそれが不調におわつた場合のみ事前通告によつて争議行為に入るという、最後に至るまで労使互いに問題解決への努力の余地を残したものであつた。

事実、この協約の基本精神はそれ以後労使双方で理解堅持され、右協約は昭和三七年頃までは労使交渉の結果部分的修正を見たのみで更新されて来た。

ところが、昭和三八年の改訂交渉に際しては、訴外組合の強い要求により、時間内組合活動の拡大、紛議の措置における平和条項の撤廃、争議予告時間の短縮(七二時間から二四時間に)、協約改訂時における協議期間中の協約効力延長規定の撤廃等の大巾な譲歩改更のやむなきに至つた。

(二) 訴外組合は、昭和三九年右労働協約につき、会社の解散、合併その他機構改変等につき組合との事前協議制、人事同意条項、就業時間中の組合活動の自由、その他各種の労働条件の改善等殆んど全条にわたる改正要求を被告に対しなした。

これは、労使双方が相互に双方の権利を尊重しその正当なる行使を認め合うという労働協約の原則を完全に抹消しようとする一方的主張に満ちた改訂要求であつたので、被告は、正しい労使関係が破壊されることを憂慮し、二度にわたつて訴外組合へ回答書を提示し、この回答の中で、被告は「労使が相互に保有する権利を尊重し認め合う労働協約が必要であり、被告は、そのような協約の上に労使協力による業績向上、労働条件の向上を実現したい、争議条項における予告制、保安協定等は免許事業である放送企業の労使が共に負う社会的責任に対する配慮として必要と考えること、現行協約に表現されている各条は、以上の観点から労使が一〇年余の間、積み上げて来た努力の所産であること」等を説明し、訴外組合側の深い反省を求めた。

しかし、労働協約の有効期限日の三月三一日に開いた団交で被告は、改訂交渉を続行し、審議を尽すべく説得したにもかかわらず、訴外組合は、「現協約を延長してその中で交渉を続ける考えはない。協約は期限通りで失効させたい。」旨を主張して譲らなかつたため、同日限りでついに約一一年間継続して締結されてきた労働協約は失効し、翌四月一日以降無協約となつた。

(三) (1) 昭和三九年春斗と施設協定成立の経緯

(イ) 昭和三九年四月一日から無協約状態となつて以後、訴外組合は「失われていた権利が回復された」と宣伝し、春斗要求貫徹と称して、同年五月下旬までの間、事前予告無しの争議行為を連発し、無許可会館内集会、無許可設備使用、器物の毀損、事実歪曲文書の配布、業務命令違反等数限りなき企業秩序への挑戦・破壊行為を行うに至つた。

(ロ) 会社施設の組合活動のための使用については、同年三月三一日までは、労働協約に基づき、訴外組合は争議中を除き被告の許可を得て会社施設を使用出来ることになつていたのであるが、無協約状態となつて以後は訴外組合の被告施設使用に関する特段の規定は存在せず、被告は就業規則五条一四号、一五号によつて措置し、訴外組合の年一回の定期大会以外は被告の施設を組合活動に使用させない取扱いをしていた(但し、被告は訴外組合に、昭和三四年四月以降、CBC会館本館五階南側中央部の建坪一三坪二合の一室を組合事務所として、又、争議中においては本館一階東玄関よりこれに通ずる通路を指定して、それぞれ無償にて使用させており、これらは当然右取扱いから除外されていた。)。

(ハ) そして、被告は前記(イ)のような不当行為に対してその都度厳重に抗議・警告しながらも、事態の早期収拾のため誠意をもつて交渉に当り、賃金増額等の春斗要求について、経営の実態を超えるほどの回答を提示し、早期解決を要望した。その結果、賃金・手当の増額等については諒解点に達したが、五月二九日になつて訴外組合は団交の席上、突如「春斗妥結のための条件」と称して「解決を要する諸問題九項目」なるものを提案したためこれら九項目をめぐり労使で新たな交渉を行つた結果、「春斗期間中の責任不追及」「賃金増額の四月遡及実施」の二項目を除いた他の項目は双方諒解点に達したが、上記二項目については被告は到底受け入れられない旨を明らかにした。すると訴外組合ではこれら二項目の要求が容れられない限り、賃金交渉を妥結させることは出来ないと主張して、賃金交渉は未解決のまま放置されるに至つた。被告は前記(イ)のような紛争を未然に防止する方法として被告が保有する施設の一部を組合活動に使用させるための協定書案を六月二日訴外組合に提示し、この協定によつて、今次春斗中に被告構内で展開された無秩序な組合活動に終止符を打つべきであると要請し、訴外組合も同月二三日の団交席上で同意するに至り、ここに施設協定が有効期限を昭和四〇年六月二二日までの一カ年として成立し、昭和三九年度春期賃金増額交渉もようやく先に被告の提示した回答で円満妥結した。

(2) 施設協定の大要

右協定の大要は、平時において、被告は、訴外組合が組合活動のため被告の施設を使用したい旨申し出た場合、被告に使用予定がなければ許可して組合員に使用させることを原則とし、訴外組合が争議行為に入つた場合は、被告は訴外組合が被告の施設を使用することを認めない(但し、本社六階第三集会室、屋上の一部指定部分、社屋内の一部指定通路等については、争議中でも、訴外組合から申請がある場合所属組合員が使用することを認める。)というものであつた。

右施設協定は、昭和四〇年六月二二日失効した。

なお、組合活動のための会社施設の使用に関しては、被告は右施設協定失効後も、平時においては許可して訴外組合並びに組合員に使用を認め、争議行為に入つた場合には会社施設の使用を認めない取扱いをしている(但し、本館五階の組合事務所並びに本館一階東玄関よりこれに至る指定通路を除く)。

(四) 昭和四〇年春斗における労使関係

(1) 同年の春斗要求およびその交渉経緯

被告における賃金状況は、民間放送の賃金水準が他産業に比し上位にある中で、その同業他社に比較して高位にあり、又、当名古屋地域においても上位にあつた。

ところが訴外組合は、被告に対し昭和四〇年二月一六日本給一律八、〇〇〇円の増額をはじめ本給の一定比率増額、諸手当増額等を要求する「賃金増額等要求書(二月一五日付)」を提出し、さらに同月二五日「賃金増額に関する追加要求書」を提出した。

加えて、同年三月一二日勤務にかんする一八項目の要求と日常厚生関係五七項目の要求とを併せ要求した「勤務・日常要求書」を、ついで同年六月一日に「夏季手当要求書」を、それぞれ提出した。

被告は前記のように多項目の訴外組合からの要求を検討した結果、仮に本給・諸手当等の増額のみを訴外組合の要求通り実施した場合でも組合員一人平均約一五、〇〇〇円以上の支給増を必要とするものであることが明らかであり、しかも他の要求まで綜合すれば被告としては金額面のみからみても組合要求の全面実施は到底不可能と判断した。しかし、被告は可能なかぎり要求に沿うべく誠意をもつて交渉に当り、賃金等増額要求については、労使話合いの場において、昭和四〇年四月一二日組合員一人平均三、六二四円本給増額の回答を提示したが、訴外組合はこれを受け入れず、回答翌日の一三日午前には、いちはやく「回答を拒否する、第二次回答を出せ」との要求を出して来た。そこで、被告は同月二六日、組合員一人平均三、九二四円の第二次回答を提示したが、訴外組合は翌二七日には「拒否する、第三次回答を出せ」と通告して来た。そこで被告はそれ以後の団交で、「会社回答は地域社会、同業他社等の賃金事情等も充分勘案し、会社としても提示し得るかぎりのものであること、従業員に対する業績還元・福祉向上に努力して来た実情から見て他社と比べ劣悪な条件にあるとは考えられないこと」等の趣旨を説明して早期解決の必要を訴えたが、訴外組合はあくまで「第三次回答を出せ」とくりかえすばかりであつた。被告は、「もう第三次回答は出せない」旨を訴外組合に通告し、ようやく六月一四日の団交で第二次回答により妥結した。なお妥結にいたるまでには一一回に及ぶ団体交渉と一回の労使懇談会が重ねられた。

勤務・日常要求については、被告は昭和四〇年四月二三日、組合要求全項目に対する回答をした。そして被告は「現状で実施し得る可能なかぎりの回答である」旨を説明したが、訴外組合は、それから一カ月経た五月二六日に「二項目を除いて全部不満である。新回答を出せ。」と反対したので、早期解決を図るべく誠意をもつて交渉に当り合計一〇回の団交を重ねたが、円満妥結にいたらず、翌年に持ち越された。

なお、要求がぼう大であることは、例えば冷暖房・空調関係施設改善の要求等は当時の試算では約一億円余を要し、被告二八期の決算(昭和三九年一〇月から昭和四〇年三月末まで)において、被告の利益は約一億二千万円、その期の設備投資額約一億九千万円、概ねこの頃は毎期約一億三千万円位の設備投資がなされている状況であつて、被告としては要求を受入れることは不可能であることは明らかであつた。

夏季賞与要求については六月一日に訴外組合から要求が出され四回にわたつて団交を重ね、同月二一日組合員一人平均一三〇、〇二九円の回答を提示して交渉妥結に努力した結果、同月二九日の団交において右回答で交渉妥結を見た。

(2) 訴外組合の争議行為

前記春期要求交渉経過の中において、訴外組合は昭和四〇年三月二〇日の第一波ストライキ決行(午後五時四五分から午後九時まで全面スト)以降腕章、鉢巻、ワツペンの着用、会社施設構内無許可集会、会社設備無許可使用等を織りまぜながら、僅か三カ月の間に七七回にわたる全面スト、部分ストを織りまぜた波状ストを繰り返したものであるが、特に注目すべきことは、訴外組合が施設協定を故意に無視し、勝手な解釈により一方的に踏みにじつたばかりでなく、被告の業務命令をストでもない通常就業時間中に無視し、或いは被告の信用を傷つける行為を行つた事実である。

(3) 後に解雇事由として挙げる原告の行為は、右のような訴外組合の争議権の乱用と目されるべき活動と時を同じくして、所定就業時間中就業しながら、企業秩序を破綻せしめる数々の信用毀損行為又は業務の妨害行為として敢えて自らの意思によるものとして展開されたものである。それらの行為は、訴外組合の機関決定による指令の限度をはるかに超え、原告自らの独善的満足感を充足する手段として反覆累行された傾向が極めて顕著であるところに、前記違法行為を行つた訴外組合の責任と別異のものがある。

三、本件配転の経緯とその正当性

(一) 被告は、毎年定例的に職場に清新の気を注入することにより、人心のマンネリ化・能力の固定化・停滞化を防ぎ、職場における沈滞ムードを払拭すること並びに従業員に幅広い経験を持たせるとともに従業員の潜在能力を開発し、適材を適所につけることによつて業務の効率的遂行を図ること等を目的として定例的人事異動を行つており、昭和四〇年四月一日付で一三四名の人事異動を発令した。

(二) 被告と訴外組合との間に労働協約が存在していた時代においては、組合員である従業員の異動については、その異動の方針並びにその人名を労使協議会に諮り、且つ異議のある場合は訴外組合より意見を述べることになつていた。

無協約となつた昭和四〇年四月一日の人事異動においても、被告は従来の方式に準じて労使懇談会において同年三月九日、一一日の二回にわたり訴外組合にその方針と人名を内示した。

また、右人事異動の必要性並びにその方針については、昭和二八年以来放送法の改正が昭和四〇年六月を目標に臨時放送関係法制調査会において検討され、その成文化が急がれていたという特別事情も存し、目前に迫る放送法の改正が日本の民間放送企業にとつて今後のあり方に変ぼうをもたらす第一歩であるとの認識から、これに備えるための企業の体質改善を目指したものであつた。

(三) 右人事異動のなかに、本件配転および訴外遠藤重夫、同広田与一の各配転が含まれていた(訴外遠藤はテレビ局制作本部技術部撮像課から技師長付への異動で、就労の場所はCBC会館本館内であることは変らない。訴外広田はテレビ局制作本部進行部から技術局送信技術部への異動で、就労の場所はCBC会館本館内から名古屋市内の鳴海放送所へ変る。)。

当時の訴外組合の委員長、副委員長、書記長の三役は勿論異動の対象ではなく、その他の本部執行委員一〇名のうち僅かに訴外遠藤、同広田の二名が異動の対象になつたにすぎない。しかも右二名の異動は、その前記の如き就労の場所より見て、何ら組合活動に支障を来たすものでない。尚、原告は当時訴外組合の役員ではなく、一組合員にすぎなかつた。

(四) 本件配転は前記のような会社企業の体質改善の大方針より命ぜられたものであつて、新市場開拓の営業企画に新機軸を生み出すため、社会現象に詳しい新鮮な感覚の持ち主を配属すべく、原告の報道記者としての経験を活用しようとしたものである。

即ち、当時、産業界全般に不況ムードが充満し、広告界が沈滞しきつており、その苦境を乗り切るため被告の営業部としては新機軸を生み出し、新しい市場を開拓する必要があり、そのためフレツシユな感覚をテレビ営業部に導入すべく社会現象に詳しく名古屋大学文学部英文科出身の新鮮な感覚の持主として原告を選んだものである。

原告は、当時ラジオ報道部に在籍していたが、ニユース価値の判断能力、速報意欲に欠け報道部員としてはあまり期待できず、却つてそのねばり強さと人当りの柔かさが営業に適しているものと被告は判断し、同人の適性を生かすためラジオ報道からテレビ営業へと配転せしめたものである。

なお被告においては、その就業規則一二条に被告は人事権の行使として従業員の配置転換をなし得る旨の規定が存し、右人事権の行使を制約する労働協約等は一切存しない。他方、被告においては、その従業員を雇傭するに際し、その職種を特定して雇傭することは一切なく、原告についても同様である。

四、本件解雇の正当性

被告の従業員は、その職務について上長の指揮命令に従い、通達を守る義務のあること、また、その職務の遂行については体面を汚すような行為をしてはならないことは、被告職員就業規則において明らかなところであるが、原告は右義務に違反する等、被告会社の職場秩序を乱し、業務を妨害し、甚しく被告の信用に対し損害を与えた。よつて、職員就業規則六八条に基き解雇したのであり、本件解雇は正当である。解雇事由となつた原告の具体的行為は次のとおりである。

(一) 業務命令違反

(1) いわゆる重鉢巻斗争関係について

(イ) 原告は、昭和四〇年四月一日付の人事異動でテレビジヨン局業務本部営業部(同月一日現在で部長以下総計一四名、内管理職四名、一般職員一〇名)に配属された。営業部職員一〇名(原告を含む)の業務内容は、社内業務を主とする営業デスク要員一名を除き、すべて対外的な営業セールス活動を担当することとされていた。当時営業部が担当していた顧客は四一〇社余りで、うちスポンサー関係が約三七〇社、広告代理店関係が約四〇社であつた。当時いわゆる不況ムードで広告業界が沈滞している中にあつて、この四一〇社余りの顧客を絶えず訪問し連絡を保ちつつ、営業活動を継続しなければならないため、とくに原告の早急な営業業務への習熟が期待されていた。

高橋営業部長は、同月六日午前一〇時過ぎ頃、指名ストを解除されて初めて出勤した原告に対し、日常業務の上で一番関係深く絶えず接触しなければならない主要な広告代理店関係者に原告を紹介すべく、同日午後一時頃から各代理店に挨拶に廻る旨を指示し、当日スポーツシヤツ姿で出勤していた原告に対し、営業部員としてのエチケツト等について説明し、洋服、ワイシヤツ、ネクタイを自宅から持つて来させ、服装を整えさせた。しかしながら、原告は鉢巻を巻き、腕章を着用し、左胸にリボンを着用したままであつたため、同部長がはずすよう命じたところ、リボンを除き他のものは着用をやめた。右リボンは、幅二糎、長さ一〇糎の黄色の布製で、一方的配転反対、要求貫徹の文字が印刷されたものであつた。このリボンは、当日の訪問先である株式会社電通(以下「電通」という。)名古屋支社、株式会社産業通信社(以下「産業通信社」という。)名古屋支社、株式会社三晃社(以下「三晃社」という。)では、咎めだては受けなかつたものの、協同広告株式会社(以下「協同広告」という。)名古屋支社では、加藤支社長に見咎められ、「セールスマンは、このようなものをつけてはいけない。君達のストは、スポンサー筋では評判が悪い。CBCの不人気は我々広告代理店に悪い影響がある。」と叱責され、被告の対外信用を失墜した。しかし原告は、高橋部長の説得にもかかわらず翌日以降も就業時間中鉢巻、腕章、リボンの着用を続けていたため、同部長は、やむなく挨拶廻りを見合わせざるを得なくなつた。

なお、原告を除く他の八人の営業部員はいずれも組合員であつたが、就業時間中は、業務の特殊性から、鉢巻、腕章、リボン等は一切はずして勤務していた。原告は、これら同僚からも再三にわたりその行きすぎた行為を戒める説得を受けたが、これをも拒否しつづけた。

(ロ) 一方、高橋営業部長は、昭和四〇年四月一〇日頃から、部下の沖本定雄に命じ、原告をセールスに同道させ、実務の体験から営業の職務を身につけさせることにした。

其の後数日間、沖本営業部員は原告を連れて、矢木清商店、藤高商店、三晃社、名古屋タイムズ広告社等のスポンサー、広告代理店を廻つたが、この間原告は、「営業部員としての仕事中は、組合の腕章やリボンは仕事を阻害し、会社に損害を与えることになる」との沖本部員の指導に従つて、腕章、リボンははずして勤務した。

ところが、原告は、四月一六日に至り、俄かに、組合指令を楯に、須江営業部課長の「鉢巻をとつてセールスにまわるように」との指示に反抗し、命令に従わなかつたので、同課長は、やむなく、原告が沖本部員とともにセールスにまわることを差しとめた。

なお、鉢巻は白地に「CBC労組」と黒字で染め抜かれた白い布製で、裏地が赤色無地である。腕章は、赤地に白文字で「団結CBC労組」と染め抜かれたものである。

五月一一日夕刻、須江営業部課長が、原告に対し、「外勤活動をするには赤鉢巻の着用は困る。社の信用に関する問題であり、営業面からも影響があるので取りはずすよう」指示したが、原告は、これに従わなかつた。

このように原告は、同年四月上旬ごろより五月上旬ごろに亘り、上司の再三に亘る業務命令を無視し、鉢巻、腕章、リボンを着用して執務し、就業時間中に違法な組合活動をなし、職場秩序を著しく害したのである。

(ハ) 原告は、六月二日午後、高橋部長の命により営業関係の書類を電通名古屋支社内「テイールーム電通」内で商談中の同部長に届けた際、赤鉢巻をつけたままの服装で赴いたため、同部長が電通支社関係者等とともに鉢巻をはずすようにいつたがこれに従わず、相手方に対し不快、驚愕の念を与え、被告の信用を傷つけた。

(ニ) 原告は、六月一一日頃業務上の所用のため、産業通信社名古屋支社および電通名古屋支社に赴いたが、その際、事前に高橋営業部長から訪問先では赤鉢巻等はとるように指示されていたのに、鉢巻等を着用したままの服装であつたため、右両支社の責任者から取引先にまで組合運動を持ち込む非礼に対し、きびしく叱責され、高橋部長も同日中に電話で右両支社責任者から厳重な抗議と警告を受け、同部長は翌日両社を訪問し、陳謝し、その後被告の代表取締役である小島副社長等が電通名古屋支社等へ事情の釈明および陳謝に直接出かけた。なお、電通名古屋支社からは、六月二一日付で、被告社長宛抗議の書面が寄せられた。

(ホ) 同年六月中旬頃、被告の広告放送のスポンサーである寿がき屋食品株式会社(以下「寿がき屋」という。)社長菅木周一が来社した際、原告が赤鉢巻を着用したまま執務していたため、右菅木氏が「就業時間中、会社の命令に違反している人がふえるようでは、民間放送としてまことに困る。私の方も取引につき考えなおす」と高橋部長に対し非難し、著しく被告の信用を失墜した。

(ヘ) 原告は、六月一八日業務上の所用のため、広告代理店である株式会社大広(以下「大広」という。)名古屋支社に赴いたが、その際赤鉢巻姿のままの服装であつたため、田島支社次長から強くその非を諭されたのに、原告は「これは組合の指令により組合活動としてやつているのだから私に言つてもらつても困る。むしろ早く妥結するように会社に言つてほしい。そうすれば、この鉢巻も解決する。」と抵抗し、被告の信用を著しく失墜せしめた。

これについて、同日中に、同支社次長から高橋部長に電話で、「今後、あのような非常識な行為をする者のないように」と強硬に抗議があつた。

なお、原告に対する訴外組合の重鉢巻斗争指令には、この時点においては、場合によつてはとつてもよいとの「柔軟性」が与えられていたにも拘らず、原告は鉢巻をとらずに前記大広名古屋支社に赴いたものであつた。

(ト) 以上(イ)ないし(ヘ)の経緯により被告は営業活動上重大な危機に陥つたため、高橋営業部長は勿論、テレビ局長である伊串取締役、営業担当である中村常務取締役、それに代表取締役小島副社長まで総動員して、五月頃から、同年九月頃まで、名古屋は勿論東京・大阪の広告代理店やスポンサーなど関係筋に陳謝してまわり、多額の費用をついやして、信用回復に奔走した。

なお、原告に委託された営業部におけるスポンサー・広告代理店への書類の送達・交換は営業部員としての当然の業務であつて、特に原告のみに対して命じたものではない。

(チ) 原告の服装斗争特に重鉢巻斗争の違法性

配転は人事の問題であつて、その当、不当性につき第三者の干渉しうる余地のない問題であり、従つて、配転の不当性を第三者に訴える意味も必要性も全く存しない。

従つて、原告が赤鉢巻を着用した目的は専ら被告の業務を妨害するという加害意図のもとになされたものというべく、原告の赤鉢巻着用行為は、目的自体において違法といわざるを得ない。

また、原告は、対外折衝を主とする営業部という特殊な職場に所属する営業マンであり、顧客の心情を尊重した服装言動をとるべきことが条理上要求されるのであるから、鉢巻姿の異様な風態が営業マンとしての就労と両立するなどということはあり得ない。ところが原告は、度々、上司や先輩同僚から営業マンとしての心得を聞かされ、充分に知つていたにも拘らず、あえて対外折衝の場において赤鉢巻を着用していたものであり、しかも前記の如く広告代理店等と数回のトラブル発生後も長期間にわたつて継続着用し、以つて被告の信用を失墜せしめたことはその態様においても悪質であるといわざるを得ない。

原告が組合指令に基づいて行動したからといつて、当然には違法性を阻却しないし、又、就業時間中の赤鉢巻の着用が使用者の正常な業務の運営を妨げるおそれがある場合には、使用者は組合員たる従業員に対し、これを取りはずすよう業務命令を発しうるのであつて、原告が右命令を無視して勤務時間中赤鉢巻を着用し続けた行為は正当な組合活動とはいえず、業務命令違反の責を免れることはできないのである。のみならず、原告には、右業務命令を遵守出来ない緊急事情は全く認められないし、訴外組合も同人に対し右業務命令に服すべき充分余裕のある自主性を与えていた。即ち、重鉢巻斗争指令には、やむを得ざる事由あるときは鉢巻をはずすことが出来る旨の訴外組合の許容条件が附されていた。

然るに、原告は、敢えて再三にわたつて業務命令に違反したのである。これは、業務命令の遵守が極めて容易であるにも拘わらず、前述の如き害意を以つて繰り返し業務命令に違反し、もつて被告の企業秩序を根底から破壊したものである。かかる原告の行為は、その違法性が極めて大であるといわねばならない。同年四月六日の挨拶廻りにおける原告のリボン着用も同様に違法な組合活動というべきである。

(2) 名誉毀損関係について

(イ) 原告は、被告社長が、昭和四〇年六月八日に、会社が業務に支障を来たすと判断したときは鉢巻等の着用を禁止する旨、従業員に命令した翌九日、高橋部長から重ねて同様の注意警告を受けたにも拘らず、鉢巻等の着用を続け、同部長の右注意警告に対し、それは不当労働行為にあたるとの抗議をした。その際、高橋部長の行為が不当労働行為にあたるとの趣旨を記載した「不当労働行為罪状証明」と題する後記の文書を作成し、これに署名するよう同部長に求め、拒絶されると同文書の右側余白に、赤のマジツクペンで「不当労働行為罪状証明」、左側の余白に同じく赤で「TV営業部長サイン拒否」と書き加えた。右文書は、わら半紙一枚の大きさで、赤色文字の大きさは約四糎角であり、その他の文字の大きさは二糎ないし三糎角であり、これを自分の業務机の上のガラス板の下に、出入りする者に目立ち容易に読めるように固定したものである。右文書には原告の手により「六月九日午後四時五分、私は加藤剛君に対し、次の命令を発した。就業時間中代理店等、外部からの来客と直接対人接渉する場合には、たとえ社内にあつても鉢巻、腕章、ワツペンをはずせ。以上・右証明する。」と書かれていた。

原告の業務机の設置せられている場所は、営業部室内であるため、常時顧客が出入りし、重要なスポンサーや代理店の幹部等も一日平均数十人が来訪するところである。

従つて、原告の右行為は、高橋部長の名誉信用を毀損したものである。

(ロ) 「不当労働行為罪状証明」なる文書の作成は、組合指令に基づくことなく原告が専ら高橋部長に対する私怨を公にしたものであつて、その目的において悪質・違法であり、しかもその設置場所についても何等配慮することなく公然第三者の眼にふれる対外折衝が行われる場所におき、更らにはその表題・内容ともに上司を侮辱する極めて穏当を欠く文言を用いており、しかも被告の撤去命令にも応ぜず、前記の如く右文書を六月九日から本件解雇に至る七月七日までの間、長期間にわたり継続して表示していたため、職場内においては部下が上司の命に従わないという風潮をかもし出し職場秩序を無視する違法行為を助成したものである。他方右事実を目撃した被告の多くの顧客に対し著しい不快感を与え、且つ被告の企業秩序に対し大いなる疑問をいだかせ、上司高橋営業部長の名誉・信用失墜は勿論、被告の信用を失墜せしめ、以つて被告の業務の運営を阻害した。

(二) 無許可会社設備使用

前記いわゆる施設協定によれば被告のCBC会館本館六階の食堂は、争議行為中は組合員の利用出来ないものである。

この点は、右協定締結の際の労使交渉の過程で問題となり、訴外組合が右食堂を争議行為中の組合員にも利用させよと要求したのに対して会社はこれを認めず、結局右食堂は争議行為中でも利用出来る会社施設の中には入れない形で右協定が成立したものである。

そして、昭和四〇年六月頃の実績において、被告本社に勤務していた従業員数約七〇〇名に対し右食堂の昼食供給実数は平均一日僅かに一四五食であり、その他の大多数の者は昼食を社外でとつていた。そしてこの傾向は、同年四月一日当時も概ね同様であつた。

従つて右協定のため、争議行為者が昼食をとることに困難を感ずるという事情は存しなかつた。

原告は、同月一日午前一〇時、訴外組合の組合員の一人として全面ストに加わり、さらに同日午前一〇時三〇分からは指名スト参加の一員として争議行為を行つていたのに、右協定によつて食堂を利用出来ないにも拘らず、これを利用し故意に協定違反の行為を繰り返して被告の企業秩序を全く否定する態度に出たのである。

(1) 原告は、同日午後一時頃、食堂に立入り、食事をした。同所に居合わせた被告常務取締役安藤春夫が、食堂に侵入して来た原告を発見し、争議行為中だから右協定により直ちに退去するよう繰り返し注意警告を与えたが、原告は「組合の指令である。」といつて右注意警告に従わずそのまま食事をした。

(2) 同月三日午後一時三〇分頃、食堂で指名スト中の原告および訴外遠藤重夫が立入り食事をした。その際、被告人事部勤労課長田沼良一がこれを発見し、「スト中の者がここに立入ることは施設協定違反である。即刻退出するように。」との注意を与えたところ、右両名と居合わせた訴外西沢委員長はこもごも「組合の斗争指令によるものである。」旨抗弁して右退去要求に従わず居座り、そのまま食事をした。

(3) そもそも、被告における食堂は従業員たる地位に対し用意供与された施設ではなく、被告に於いて、その事業目的遂行上、職務活動または事業活動の必要に基づき設置されている施設である。

即ち、右施設が設置されない場合は、場合により時間のロスないし職務遂行の支障が生じ、被告の業務の特殊性から、帯泊勤務に対する朝食、報道活動の緊急食の必要要請に支障を来たす等、事業経営上得策でなく、さらに放送企業の特殊性から公開録音等の参加者の時間的便宜からの業務上の必要により設けられたものである。従つて、原告が当時従業員たる地位を保有していたとの一事を以つて右施設使用の正当性を根拠付けることはできず、この場合においては就業時間中に組合活動を行う者に対し被告が右施設を使用させる義務を負うか否かの問題も、労組法七条の便益供与の趣旨並びに前記協定の具体的規定を以つて決しなければならず右協定が争議中の食堂使用を認めないこと前記のとおりである。

(三) 原告の前記各違法行為の重大性

以上のとおり、原告の右(一)、(二)の各行為はいずれも職務命令を拒否し、被告会社内に事業経営上到底容認できない秩序違反の結果をもたらせたほか、特定の個人名を明らかに摘示し長期間に亘り名誉毀損を為したもので、その情状は健全な企業経営の常識に照らし許されないものである。

民間放送が広告媒体販売収益によつて維持され、右販売収益獲得のためスポンサーとの間に取引上広告代理店を介在せしめ、広告代理店の企業経営上の協力を待つて初めて営業活動を成立せしめていることは既に述べたところである。

従つて原告の前記各行為について重視すべきは次の諸点である。

(1) 原告の行為によつて、被告の営業活動の根幹を為す取引上の最重要部分にトラブルが発生した点である。経営の事業活動上その従業員の故意過失によつて取引上摩擦が生ずる例は一般に絶無とは云えないが、しかし、右支障が取引上の重要過程に生じ、且つその支障の程度が大きな一つのトラブルを形成するに至つては、その結果は極めて重大といわざるを得ない。重鉢巻斗争は、この意味で取引上の重要部分、即ちスポンサー並びに広告代理店との関係において生じたものであり、且つ原告の属する訴外組合と被告との労使関係に全く関係の存しない第三者との関係において生じたもので、その意味を軽視することは到底できない。

(2) 次に原告の惹起した本件各トラブルはその程度規模において極めて重大である。即ち、原告の行為によつてスポンサー又は代理店から取引停止の警告を初め、成約直前の広告依頼が同業他社への乗換等具体的な結果を生じ、とりわけわが国広告代理店業界の首位的地位を占め、被告営業上約四〇%の取引を占める電通との間にただならぬ緊張関係が発生し、同社より支社長名を以つて、被告の一従業員の行為につき、正式に被告代表取締役社長に対し抗議書が送付されたのである。被告は前述の通り昭和二五年民間放送会社として発足、以来約二〇年間に亘り、営々努力の結果逐年その業績を伸長させ、中部産業界中業界随一の信用と実績をきずいて来たものであるが、その間において我国屈指の広告代理店から文書で具体的行為を指摘し抗議書の送付を受け、いわば取引上一種の警告ないし威嚇を受けるが如き事態に立至つたのは初めてのことであり、又同業他社にも例のない稀有のことであつて、被告としては、まさに営業上、企業存立に係る重大事として、その事態の収拾に取組まざるを得なかつたのである。

(3) しかも、さらに考慮さるべき点は、右被告の事業経営の根幹に及ぶ重大なトラブル収拾・事態の円滑解決のため、被告が多大の出費出捐を為し、原告の行為により具体的損害を蒙つた点である。

即ち、被告との取引上不安不満を表明する各関係者について、前記の如く代表取締役小島副社長の陳謝行為に合わせ、被告幹部総動員で、その了解工作のため、出張費等多額の費用支払を余儀なくされるに至つた。右出費は被告が日常取引において通常為し、又は為し得ていた日常の経営経費とは別個に原告行為に対する事態の収拾のため為されたものであつて、正に原告の違法行為により被告が蒙つた重大なる実損害であること明白である。

(4) 右のように被告幹部総出の了解工作の努力にも拘らず、被告は原告の行為により多大の損害を蒙るに至つた。

即ち、当時被告と取引先との間で成約寸前の契約につき、被告に対し直接間接に原告の言動を批判する見解を示し取引上の不安を訴える者もあり、またスポンサー相互間においては広告原稿の出稿・広告企画の機密保持に特段の関心が存するところ、原告が違法行為を繰返し継続している状況から機密を要する取引交渉は、原告を通じては応じられないとの内意を表明した事実も存した。被告としても、関係業者との打合せ折衝の際に業界において原告の行為が広く周知流布されていて、原告を通じ企業経営上の機密に属する取引交渉を担当せしめ得ない等の事情から、取引交渉に当らせることを断念せざるを得ないとするに至つた事実もあり、結局右の如き取引の相手方の不安不信感の表明等もあつて、被告のいわゆるステーシヨン・イメージがそこなわれ、そのため当該期においてテレビ営業収入は被告会社テレビ放送開局以来初めての減収を来たし、その額は実に約二、二〇〇万円に達した。

このように原告の行為は取引の重要部分に関し、重大なトラブルを発生せしめ、かつ被告に財産的損害を与えたものであつて、その違法行為の結果の重大性は余りにも明白である。

さらに、原告の行為は対内的にも職場規律遵守の気風に支障を与え、就業時間中に上司の命令に従わず、その職場を公然離れたり就業時間中組合ビラの公然配布等、その職務専念義務を懈怠する従業員が見受けられたが、これも原告の企業秩序無視の言動がもたらした具体的結果である。

五、以上に詳述したところから明らかなとおり本件解雇は有効であるから、原告の本訴請求は理由なく、棄却を免れない。

第五、被告の主張に対する原告の認否および反論

一、被告の主張二の(一)ないし(三)について

被告と訴外組合との間で昭和二八年一一月一〇日労働協約が締結され、同協約は部分的修正を経たのみで更新されてきたこと、同協約が昭和三九年三月三一日の経過をもつて失効し、被告主張の日時に、その主張のとおりの施設協定が締結されたことは認める。その余は否認する。

被告は昭和三九年二月から行われた協約改訂交渉において改訂は全く認めないと固執したため、四月一日から無協約状態に入つた。被告は組合の継続交渉要求を無視して異例の告示を発表するとともに、協約とかかわりなく、一〇余年にわたる慣行として行われてきたチエツク・オフを一方的に中止し、集会室の使用を禁止し、賃金以外の団交には一切応じないという態度に出た。同時に課長代理約四〇名に対する脅迫、懐柔によつて一名を除き組合を脱退させた。更に、被告は「組合の会社施設構内における就業時間内の組合活動は一切認めない」「定期組合大会(年一回)以外の目的で本社構内施設を使用することを認めない」として職場集会等の組合活動に対する介入を行い、従来慣行として認められてきた集会等に対しても無許可使用の責任を厳重に追及するとの文書通告を数十回にわたつて行つてきた。こうした被告の組織攻撃に対して、訴外組合は、昭和三九年春斗を職場滞留(ステイ・イン)を含めたストライキをもつて激しく斗つたのである。

そして昭和三九年春斗は賃金については格差是正の点でかなりの成果をあげたが、春斗妥結の段階で被告は訴外組合の要求する責任不追及、賃金増額分の四月遡及と引きかえに、ストライキにおけるステイ・インを問題とし、施設協定の締結を提案してきた。組合は本来正当な付随的争議手段としてのステイ・インの権利を放棄することになるが諸般の情勢やむなく、結局これを締結することで春斗を終結した。

二、同二の(四)について

訴外組合が昭和四〇年二月一六日賃金増額等要求書を提出し、被告が同年四月一二日第一次回答をなし(但し、被告は交渉人員の制限などの交渉のルールが出来ないことを理由に五四日間団体交渉を拒否した。)、訴外組合がこれを拒否して第二次回答を求めスト権を確立し、ストを行つたこと、勤務・日常要求書を提出したことは認める(但し、提出した日は三月一〇日である。)。

なお訴外組合は、右各要求とは別に、同年三月一七日原告らに対する一方的不当配転の撤回を求めて団体交渉を要求したが、被告から団交の議題になじまないとして拒否され、本件配転を強行され、その後も再三に亘り団体交渉を拒否された。

三、同三について

(一) 被告が昭和四〇年四月一日付で従業員の人事異動を行い(但し、その人数は一一二名である)、右異動に本件配転および被告主張のとおりの訴外遠藤・同広田の各配転が含まれていたこと、被告がその主張の日時に二回に亘り労使懇談会の席上内示したことは認める。その余は争う。

右配転は大量かつ一方的に理由を明示しないで行われ、また組織攻撃(訴外遠藤の配転は活動的組合役員の一般組合員からの切離しを狙つたものであり、訴外広田の配転は組合活動を事実上不能ならしめるものである。)を含んでいる点において不当である。

(二) 本件配転の不当性

(イ) 本件配転は、昭和四〇年四月一日付の配転の中でももつとも不当労働行為であることが明らかである。

原告の入社後の職歴は、請求原因一記載のとおりであり、原告は、昭和三六年九月以降ニユース編集デスク要員の職にあつたものである。デスクはニユースの編集責任者であり、その職責は、ニユースを価値判断に基づいて取捨選択、整理し、見出しや序列を決めるなど極めて重要なものであり、原告が若年にしてこの地位についたことは原告の放送記者としての能力と将来性を如実に示すものである。

一方、原告の組合歴も請求原因二記載のとおりであり、専従役員となつた経緯や後述の重鉢巻斗争指令遵守の過程が示すように極めて良心的な責任感の強い組合活動家である。

昭和三九年七月原告が専従をおえて職場に復帰するにあたつて、被告は、同人に対し、訴外組合との間の「原則として原職に復帰させる」との協定にもかかわらず、テレビ進行部への配転を内示した。

しかし、組合の反対、各職場での署名活動により、原告は、ラジオ報道の原職場に復帰し、従前通りデスク要員として勤務することになつた。

ところが、それから半年後、昭和四〇年四月一日付の大量配転のなかにくみこまれて本件配転が命ぜられたのである。右の経過から明らかなように、被告は、信念ある組合活動家たる原告をラジオ報道という番組制作業務から排除すること、および積極的に組合活動をした者に対して全く業務内容の異なる職場への配転をもつて報復し、組合員に対するみせしめとすることを目的として本件配転を命じたものである。

更に、本件配転はラジオ報道のデスク要員から組合員を排除する措置の一環としてなされたものである。このことは四月一日付配転前ラジオ報道のデスク要員は組合員五名、非組合員四名であつたが、四月一日付で全員非組合員で構成することになつたことにより明らかである。

(ロ) また本件配転は労働契約に違反する。

即ち、ラジオ報道部において原告が担当した放送記者という職種は一つの専門職というべきものであり、テレビ営業部における番組スポツトのセールスマンとはその担当する業務の内容・担当者として要求される資質・能力・性格においても全く異質なものである。

原告の入社後の前記職歴からみても、本件配転は、極めて異例というべく、原告の放送記者としての能力の維持発展を著しく阻害するものであり、原告の同意なき限り原告に対し大きな精神的苦痛を与え、労働条件上重大な不利益を課すものであり、使用者の裁量権を逸脱し、労働契約を一方的に変更する契約違反の行為と解すべきである。

(三) 団交拒否の不当性

昭和四〇年四月一日付配転は、前記の如く組合に対する組織攻撃を含むものであるので、組合としては団体交渉を再三求めたけれども被告は配転は団交事項ではないとして最後まで拒否した。しかし、配転は労働者の職種、就労の場所等の重要な労働条件に直接関連するものであり、これが団体交渉の対象事項であることは論ずるまでもない。

従つて、被告の団交拒否はなんら正当な理由のない不当労働行為であることが明らかである。

四、同四について

(一) 同四(一)(1)(イ)(ロ)の事実中原告が昭和四〇年四月六日高橋部長に伴われ広告代理店に対する挨拶廻りをした際リボンを着けて電通名古屋支社・協同広告名古屋支店へ行つたこと、同年四月上旬から五月上旬までの間腕章・リボンをつけて勤務していたこと(但し、営業外勤に出る際には腕章をはずし、あるいは腕章・リボンをはずした。)、四月一六日以降鉢巻を着用して勤務したことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同四(一)(1)(ハ)の事実中原告が電通名古屋支社内の「テイールーム電通」にいた高橋部長のもとへ鉢巻を着用したまま書類を持参したことは認めるがその余は否認する。

(三) 同四(一)(1)(ニ)の事実中原告が高橋部長の命令により電通および産業通信社の各名古屋支社に封書を届けに行つたこと、その際鉢巻を着用していたことは認め、その余は否認する。

(四) 同四(一)(1)(ホ)の事実は不知。

(五) 同四(一)(1)(ヘ)の事実中原告が大広名古屋支社に封書を持参したこと、その際鉢巻を着用していたことは認め、その余は否認する。

(六) 同四(一)(1)(チ)の主張は次のとおり争う。

(1) 重鉢巻斗争に至る経過

訴外組合結成以来初めてスト権が確立された不当配転反対斗争について訴外組合は先に述べたとおり団体交渉を再三要求したが、いずれも拒否されたので、リボン腕章の着用を指令した外、昭和四〇年四月一日三〇分間の時限ストを行うと共に、最も重要な組織攻撃と考えられた原告、訴外遠藤、同広田の三名の配転対象者に対し指名ストを指令し、同月六日、原告、訴外遠藤に対しこれを解除した。ところが組合員の間に不当配転につき団体交渉開催の要求が強く、被告の団交拒否、特に配転は団交の議題になじまないという拒否理由に対し、不満と怒りが高まつていた。そして同年四月一五日の職場斗争委員会議(以下「職斗会議」という。)において団交が依然として拒否されたままであるにもかかわらず斗争委員会が同月六日原告ら二名の指名ストを解除し、その後の不当配転反対の行動が訴外広田の指名ストのみとなつていることについて不満が述べられ、(斗争委員会は執行委員を中心に構成され、スト権確立後スト権投票を通じて全組合員から交渉権、指令権、妥結権を委任されており、斗争に関連する事項については平時における代議員会の如き中間機関に諮ることなく決定できる。他方職斗会議は、職場代議員を中心に構成され、議決こそしないがその実質は平時の代議員会と同じ性格を持ち、斗争委員会が主要な決定をなす際事前に招集され斗争委員会の方針を検討し、同委員会と職場の要求意見とを調整する機関である。)その結果右同日、職斗会議に続いて開かれた斗争委員会において原告および訴外遠藤、同広田に対する社内、社外を問わず一切の除外なく全勤務時間中鉢巻着用を命ずる指令(これがいわゆる重鉢巻斗争指令であり、「重」とは相当の決意を要する重い行動の意である。)が決定されたのである。

(2) 重鉢巻斗争の位置付け

斗争委員会は、重鉢巻斗争をあくまで全組合員を代表して不当配転撤回と団交拒否への抗議、団交開催要求を強める行動と位置付けていた。

ところで、訴外組合の鉢巻は、表面は白地にCBC労組と記入され、裏面は赤の無地であり、もともとは、ストの際の付属行動として着用すべく購入され、昭和三七年の初スト以来スト突入と同時に全員が白鉢巻(表面)を着用していた。

ついでスト決行に先立つてあるいは、スト決行の決意を表明する目的で鉢巻着用がなされるようになり、昭和三九年に至つて、ストと直結はしないが、ストを伴わないものとしては最も強力な団結誇示の行動として定着した。

従つて、重鉢巻斗争は業務命令拒否を全く伴わず、一定の決意を表示することを内容としており、被告の業務の妨害を意図したものでないこと明らかであり、事実原告らは、正当な業務命令は忠実に実行した。

(3) 重鉢巻斗争の実行

原告は、本件配転当初営業外勤として勤務することが予定されていたが、重鉢巻着用指令が出された四月一六日、須江課長より鉢巻をはずして営業見習に出るよう指示されたので、斗争指令を示して鉢巻をはずすことはできない旨答えたところ、同課長は原告の営業見習を暫時中止し内勤デスクの補助をするよう指示し、五月一七日営業部会で同課長は正式に六月一日より営業内勤を担当するよう命じた。従つて、原告は、重鉢巻着用指令後、営業内勤の業務に従事しており、鉢巻を着用したまま社外におもむき営業行為に従事したことはない。

ところで被告は、六月八日鉢巻着用禁止の二回目の社長告示を従業員全員に配付したが(これより先訴外組合は戦術転換をはかるべく五月三一日、六月四日の二回職斗会議に対し重鉢巻斗争等の解除を提案したがいずれも同会議の同意を得られなかつた。)被告は、右社長告示後においても重鉢巻斗争が続行されており、原告が鉢巻着用指令を厳格に遵守していることを承知しながら敢えて原告に対し被告主張のとおりの代理店への書類逓送を命じたのである。

右書類逓送は営業内勤の本務でもないし、通常そのような業務に従事することはなく、原告にかかる業務を命じなければならなかつた必要性・緊急性は明らかでない。

また、原告は、右書類をいずれも各代理店の責任者に手交するように命じられたが、原告は、各代理店責任者と面接するにあたつては、いずれも鉢巻を着用している事情を説明し、礼を失しないための配慮をなしたが、電通および大広においては、相手が鉢巻を着用していては書類を受領できないという態度に出たため、ここに鉢巻着用による業務遂行上の支障が現実化したので、原告は、鉢巻をはずして業務を遂行した(原告の右行動は後に斗争委員会において承認され、以後重鉢巻斗争は業務命令との両立が不可能な場合は、その時点のみ鉢巻をはずしても良いという条件付きの斗争になつたが、右はあくまで例外であつて、右条件付斗争が、原告に幅広い裁量権を認めたものではない。)。

また、昭和三九年、同四〇年春斗期間中組合活動に対する処分留保の文書通告が数十回にわたつて行われたのにもかかわらず、原告の重鉢巻着用に関しては一回もそのような通告はなされなかつた。

以上のような諸点から、この書類逓送の業務命令は原告に対する処分の理由を創出するために被告が各代理店責任者と連絡の上発したものと考える。

仮に、原告の行為が被告の主張するような重大な信用毀損に該当するものであれば、そのような事情が生ずることを承知の上で二度にわたつて業務命令を発した営業部長等の責任こそ問われねばならない。

(4) 本件組合活動の正当性

被告は、争議状態において、組合の指令により原告がリボン、腕章、鉢巻等を着用したことを、信用を失墜し、業務の正常な運営を阻害する行為だと主張する。争議状態において、団結を示威するためにリボン等を着用する場合、まず就業時間中の組合活動の禁止との関係が問題とされる。しかし、「組合活動は労働時間外に」という市民法上の原則は、就業時間中は労務を提供すべき義務があるから、職場離脱のようなこれと牴触する組合活動はなしえないというにすぎない。

また、被告が業務上の必要から、服装上の規律を要求し、接客関係業務において顧客に不快感(反組合的意識をもつ顧客が団結の示威自体に感ずる嫌悪感は含まない。)を与えないよう一定の服装上の規制を行い得るが、業務の運営に支障を与えるばあいでない限り、団体行動権の行使として行われるリボン等の着用を規制することはできない。

鉢巻を着用したまま接客にあたることは、その相手方によつてエチケツトに反する面のあることは否定できない。しかし、着用して接客にあたつてもその事情を説明し、礼を失しないよう配慮がなされれば業務遂行になんら支障がないはずであり、それは正当な組合活動と評価すべきと考える。かような配慮がなされてもなお業務遂行に支障があるとすれば、団結の示威自体に対する嫌悪感に根ざすものといわざるを得ない。

仮に、業務遂行に支障を与えたとしても、それは厳密な意味での「争議行為」を構成するというにすぎず、鉢巻着用は労使の争議状態と労働組合の団結を表示するだけであり、開口サボタージユとは質的に異なり、原告が訴外組合の指令により鉢巻等を着用した行動は、いずれも正当な組合活動である。そして前記のとおり原告は、重鉢巻斗争開始当日須江課長に斗争指令を直接提示して説明し、四月一一日同課長が再度原告に対し鉢巻をはずせと介入してきたときも組合指令であることを説明し、翌一二日訴外西沢委員長ら幹部が右須江課長に抗議し、同日右課長の介入問題につき訴外組合が団交を申入れたところ被告はこれを拒否し、ために斗争委員全員が抗議の赤鉢巻斗争に入つたこと等の事実よりみて原告らの行為が組合活動であることは被告も承知していた筈である。

(七) (1) 同四(一)(2)の事実中六月八日付で被告主張の社長命令が出され、翌九日高橋部長が原告に鉢巻をはずすよう注意したこと、原告が右部長の発言が不当労働行為であると主張したこと、原告が右部長の発言をメモしサインを求めたところ拒否されたので同メモにサイン拒否の事実を書き加え「不当労働行為罪状証明」なる標題を付し、自己の業務机のガラスの下においたことは認める。その余は否認する。

(2) 訴外組合はかねてより被告の職制が不当労働行為をしたときは直接その対象となつた組合員が、これをメモし、当該職制にサインを求めるよう指示していた。これは、メモ活動といわれ、不当労働行為を構成する具体的事実を確定するとともに、不当労働行為に抗議し、これを、排除・防止するのに有効な活動として行われていた。原告の右文書の作成は、直接には組合指令に基づくものではないが、訴外組合は当時、被告社長告示やこれに基づく職制のリボン・鉢巻の取りはずし命令に対し不当労働行為であるとして強く抗議の意志を表明しており、且つ、前記の如くメモ活動の指示もなされていたところである。

したがつて直接不当労働行為と考えられる命令を受けた原告がこれに抗議するために右文書を作成したことは、リボン・鉢巻のとりはずし命令に反対する組合活動の一環として行われた労働者の自発的活動とみるべきものであつて労働組合の活動として評価されるべきものである。

ところで、原告の右行為は、その組合活動としての正当性を論ずる前に、果して名誉毀損に当るかが問題である。

高橋部長が「社内においても鉢巻をはずせ」と命令したことは、きわめて明白な事実であり、被告も右命令は当然の職務行為であるとしており、右事実が摘示されたからといつて同部長の名誉が毀損される余地はない。高橋部長がサインを拒否した事実もまた同様である。

次に、右命令が不当労働行為を構成するとの価値判断の表示が名誉毀損にあたるであろうか。事実の「摘示」は、特定人の名誉が害される可能性が相当程度に具体的であることが必要とされ、その程度に達しない抽象的な事実の摘示や単なる価値判断の表示は名誉毀損にはならないと解されている。不当労働行為であるとの判断の表示だけでは右の程度に達しないことは明らかであろう。

不当労働行為「罪状証明」という語句が不穏当だとしても「罪状証明」という語句が附加されたことによつて名誉毀損の成否が左右されることにはなるまい。

また、「公然」事実を摘示したか否かも問題である。右文書は、原告の業務机の上のガラスの下におかれていたものであり、一般の文書の配布、掲示とは異なる。業務机の上のガラスの下は、通常執務上の参考とするメモ等をはさんでおく場所であつて、他の従業員を含めた第三者の眼に当然にふれるものではなく、仮に眼にふれたとしても、その内容を仔細に読むことには遠慮がある筈である。高橋部長は、これを仔細に読んだかも知れないが、この文書について抗議をしたことは全くなかつた。被告は六月二九日右文書を撮影しながら、これを撤去するよう原告に申入れたことはなかつた。

まして、顧客によつて右文書が目撃され、右事実に言及されたこともなかつた。原告の右行為をとらえて不特定あるいは多数の者の容易に認識し得る状態においたとはいえない。

仮に、原告の前記行為が名誉毀損にあたるとしても、正当な組合活動として免責されるべきものである。高橋部長が前述の如き命令を出したことは疑いのない事実であり、右の事実が不当労働行為を構成することはきわめて明白である。なぜなら、社内で執務する際鉢巻を着用することはなんら業務に支障を与えるものでなく、高橋部長の右命令は正当な組合指令に干渉するものであるからである。

また右命令を不当労働行為として抗議することは、正当な組合活動であること明らかである。

「罪状証明」という語句が不穏当であるとしても、その一事で組合活動としての正当性を否定されるべきではない。名誉毀損ということがただちに解雇その他の不利益取扱の正当事由となるものではなく、労働契約関係の維持が期待できない程度の具体的損害を被告に与えた場合でなければその処分は権利濫用の評価を受けるべきものであり、それが組合活動としてなされた場合は、制裁の対象とはなしえない組合活動という意味で「正当」な組合活動と評価すべきものである。

「罪状証明」という表現は、不当労働行為について決してふさわしくないものではない。旧労働組合法は差別待遇、黄犬契約について科罰主義をとつていたが、昭和二四年に改正された現行の労働組合法は不当労働行為について科罰主義をとらず、行政的救済主義をとつている。財産権を侵害した場合は犯罪として罰せられるのに、団結権を侵害しても犯罪として罰せられないのは、現在の憲法のもとにおける規範意識と背馳するものである。

労働者の立場からすれば、不当労働行為はまさに犯罪なのである。原告が「罪状証明」という語句を用いたのもこうした規範意識のもとに強い抗議の意志の表明手段としてであつた。

最後に高橋部長の名誉を毀損したことが、就業規則のどの条項に違反することになるのか、ということである。

被告は、被告の信用を失墜、業務阻害ということを主張しているので、就業規則六八条五号「故意又は過失により会社に重大な損害を与えたとき」にあたるという主張に解されるが、外部に公表したものではないので名誉毀損の危険性は少なく、高橋部長もこれを了知しながらそのまま存置させていたものであり、その被害も軽微であり、この点からいつても就業規則の右条項に該当しないというべきである。

(八) 同四(二)の事実中、昭和四〇年四月一日午後一時頃および同月三日午後一時二〇分頃指名スト中の原告が本社六階食堂で食事をしたことは認めるが、その余は否認する。

問題は争議時に関する施設協定三条である。この規定は争議時における組合の施設の使用について規定しているが、協定の交渉過程では、争議における職場滞留が問題となり、これを対象としてこの協定が締結されたものであり、組合が争議行為(同盟罷業を指す。争議時に事業場構内出入を認めなかつた労働協約でも怠業は除外されている。)に入つた場合、その付随的争議手段としてなされる職場滞留を組合による施設の使用と観念し、右の如く規定したのである。従つて、ここで「争議行為」というのは、当然全面ストあるいは職場単位の部分ストを対象としているのであつて、ストの付随的争議手段としての職場滞留ということがなんら意味をもたない指名ストの如きものを対象としているのではない。また「組合による施設の使用」というのは組合の集会の如き本来施設の使用にあたるもののほか協定成立の経緯からいつて付随的争議手段である職場滞留を含むものではあるが、一般の利用に供せられている食堂で食事をとるが如き個人的な行為を含むものではない。右の如きはいかなる意味でも組合による施設の使用とは観念し得ないものである。

(九) 同四(三)の主張はすべて争う。

五、以上述べたように原告の行為は正当な組合活動であり、また次に述べる事実も併せ考えれば本件解雇は不当労働行為として無効であることは明らかである。

(一) 本件解雇のなされた昭和四〇年は、「ベトナム海兵大隊戦記」(ノンフイクシヨン劇場)放送中止、「判決、佐紀子の庭」放送中止などのマスコミとくに民放に対する政治権力介入の動きと関連して、福井放送、東京新聞、毎日放送、大映労組などとつぎつぎに激しい組合弾圧の加えられた年であるが、本件解雇もその一環である。

また、合理化の遂行を急務とする被告としても昭和三五年安保闘争以降組合活動を発展させてきた訴外組合に攻撃を加え、その抵抗を弱めることが至上の課題であつた。

(二) 本件解雇と同時に被告は、訴外西沢執行委員長を解雇し、副執行委員長菅生に対し出勤停止一五日の処分をなし、更に翌月大脇哲らの専従期間満了を待つて斗争委員全員に対する出勤停止等の処分(出勤停止二名、他は全員減給)を行つた。

右訴外西沢に対する解雇理由は極めて多岐にわたり本件解雇理由も全て含まれており、事後措置拒否といつた民放では従来から用いられている争議行為の形態や、ワツペン鉢巻の着用といつた一般に認められている組合活動が解雇の理由とされていること、ラジオラインネツトワーク反対の組合員に対する情宣活動、市民に対し放送の実態を知らせ、地域文化や市民に結びついて放送のための共斗を呼びかけたビラの配布、ベトナム戦争反対集会等の行動への参加要請やその報告を記載した組合ニユースの配布など組合の言論活動を理由とするものが多いことが、その特徴として指摘できるが、放送の反動化、民放の合理化と組合弾圧の関係が如実に示されている。

(三) 昭和四〇年七月の定期大会の前後二回に分けて行われた前記各処分は、訴外組合に多大な打撃を与えた。

原告らの不当処分を機に、訴外組合はリボン、腕章、鉢巻斗争を行うことが困難となり、ついにはリボン斗争の指令が出ても、その着用率はわずか一〇パーセント前後にまで低下した。またストライキ指令に対しても集会に参加しないいわゆるエスケープが増加し、訴外組合の団結は日を追つて弱まり、ついにはストライキをしない、リボン、腕章をしない、放送の内容や政治要求をとりあげない、配転反対斗争をしない組合をめざす労使協調派が培養されるに到つた。

もちろん、訴外西沢、原告を支持する労働者は多数存在し、大西五郎らの指導のもとに被告の分裂策動とたたかつたが、昭和四一年、大野、大脇、草柳らの不当配転、昭和四二年、野垣敬、服部一郎ら一二名の不当配転、昭和四三年、大脇、遠藤の配転、昭和四五年、大西、江口、高橋、水谷、磯貝、野垣の配転、大西の解雇と次々と新たな弾圧を強行されるに及び、昭和四四年、組合規約の改悪によつて訴外組合の主導権を労使協調派が握り、ついに昭和四五年民放労連脱退を決議した。さらに昭和四六年には、「七年の空白を埋める」と称し、昭和三九年の失効時よりも更にひどい権利制限をうけ入れた包括労働協約を締結した。

訴外西沢や、原告の解雇の真の理由が、業務命令違反とか、信用失墜にあるのではなく、昭和三八年の小島副社長(現社長)演説(民放労連批判の斗争宣言)に端を発した被告の訴外組合に対する支配、介入の実行であることは明らかであり、原告らの解雇は、労使協調勢力の培養、労使協調組合への転換を決定的意志として、準備され、強行されたものであることは明らかである。

六、仮に原告の不当労働行為の主張が認められないとしても原告の行為が昭和四〇年四月一日付の不当配転、就中原告に対する不当配転および、右配転に関する被告の完全な団交拒否を契機にこれに対する抗議ならびに要求貫徹のための行動としてなされたものであること、被告の信用を失墜させた行為として問題とされている原告の書類逓送は営業内勤としての本務ではなく、原告に対する処分の理由を創出するために代理店責任者との連絡のもとに命ぜられたものであること、原告の責任はすべて組合の決定による斗争指令を遵守したことに基づくものであり、これを除いては原告に勤務上非難すべき点はないことなど、諸般の事情を考えれば、原告に対し、この組合指令遵守を理由に懲戒解雇をもつてのぞむことは解雇権の濫用たるを免れない。

第六、原告の反論に対する被告の主張

一、原告の反論三(二)(本件配転の不当性)について

(一) 原告は「原則として原職に復帰させる」との協定が存したと主張するが、団体交渉議事録(昭和三七年七月二五日)によれば確認事項として、「会社は組合専従者が復職した場合は、原則としてもとの職場に復帰させるよう努力する」とあり、原告主張の如き協定は存しないのである。

(二) 被告は、デスクは責任が重くそれを全うするためには記者としての長い経験と不断の研究と高度の判断力を必要とし、従つてデスクはそれにふさわしいベテラン記者を起用すべきであるとの観点から昭和四〇年四月一日の配転をなしたのであり、その結果同日現在のデスク要員はすべて原告より経験年数も古く、且つ、課長代理以上の管理職にあり、報道の社会的責任に応え得る能力を有するものばかりとなつた。

(三) (1) 原告は本件配転は労働契約違反であると主張する。

しかし、原告は入社時放送記者の経歴は有せず、同人の資質、能力、性格は、被告の職員に適するか否かという面から検討されたに過ぎず、原告は被告に「放送記者」として採用されたのではない。

被告は、人事権に基づき原告をラジオ報道部に配置したが、右配置と原告の右配置部署における就労の事実が将来にわたつて原被告間の雇用契約の内容を決定したり変更したりするものではない。

また、原告が右配置によつて得たと称する「放送記者としての能力」も単に原告の労働力の評価活用の面で被告の参考となるに過ぎず、何ら原被告間の雇用契約の内容を変更するものでもない。

従つて、被告は、原告の「将来の放送記者としての能力の維持発展」を雇用契約上考慮しなければならない義務を負うものではないから、本件配転が原告に対し労働契約上重大な不利益を与えたとの原告の主張は失当である。

(2) 原告は本件配転によつて大きな精神的苦痛を受けたと主張するが、原告のいう精神的苦痛とは要するに本件配転により原告が希望しないテレビ営業で働くことになつたことをいうと解される。

しかし、企業経営者が従業員を職場に配置するに当つては経営の合理的運営の観点から適材を適所に就けるよう配慮すべきは勿論であるが、それが多数人に関するので逐一個々の従業員の希望に合わないところがあつてもやむを得ないのである。

従つて配転につき労働者が不満を抱くからといつて法律上慰藉されるべき又は回復されるべき精神的苦痛を主張できる筋合のものではない。

(3) また、原告は、ラジオ報道とテレビ営業との間の人事交流は極めて異例だと主張している。けれども、右のような人事交流は前例(二名)も存し、また、差別扱いについては、何と比較して差別扱いというのか具体的主張がないし、一方被告において、不公正な差別扱いを来す人事を為したことはない。

(4) 以上のとおり、本件配転は異例でもなく、テレビ営業は被告において嫌悪される職場でもなく、原告にとつてテレビ営業の職務を習熟するにつき何ら精神的肉体的苦痛を伴うものでもなく、原告の被告の職員としての経歴が無意味になるものでもなく、本件配転は何ら不当ではない。

二、同五(本件解雇は不当労働行為であるとの主張)について

いわゆる不当労働行為の成立については、使用者に不当労働行為意思の存在が必要であり、不当労働行為意思とは、使用者の主観的な反組合的意思ないし動機と解し、単なる事実の認識にとどまらず反組合的な結果に対する認識ないし目的的意図である。

前述のように、被告は原告の従業員としての就業規則違反行為を対象として就業規則を適用し懲戒解雇をなしたものであつて、原告が正当な組合活動をなしたが故に懲戒したものではない。本件解雇の事由となつた原告の所為が「労働組合の正当な行為」でないことは、前述したとおりであり、本件解雇が不当労働行為に該当しないことは極めて明白である。

即ち、原告は、リボン、腕章等の着用行為は組合活動として行つた旨主張をしているが、被告は昭和三九年三月末労働協約失効後、しばしば就業時間中の組合活動は一切認めない旨の警告をしておつたものであり、しかも組合員とはいえ従業員である以上、雇用契約の本旨に従い、就業時間中は正しい労務提供の義務を負つているのであるから、これと矛盾牴触する組合活動を就業時間内に行う余地は全く存せず、原告の右行為は正当な組合活動とはいえない。又、原告の就業時間中の赤鉢巻着用行為についていえば、既に述べたように、原告が被告の業務命令を無視して勤務時間中赤鉢巻を着用し続けた行為は、正当な組合活動とはいえないものであることは明らかなところである。更に原告の「不当労働行為罪状証明」作成行為は、上司である高橋部長の名誉、信用を傷つけるものであつて、到底正当な組合活動とはいえない。その他原告の無許可会社設備等使用行為は協定違反の組合活動であつてこれ亦正当な組合活動とはいえないものである。

以上で明らかな通り、原告の懲戒事由該当の行為は、いずれも正当な組合活動に基づく行為ではなく、本件解雇につき被告に不当労働行為の成立する余地は全く存しないものである。

三、同六(解雇権の濫用の主張)について

(一) 昭和四〇年四月一日付配転が不当配転、不当労働行為に当らないことは明白であり、また、昭和四〇年三月以降同年七月までの間における被告と訴外組合間の団交進展経過は、被告側において一方的に違法に団交を拒否したものではなく当時団交方式をめぐつて労使間に紛争があり、それが団体交渉の開催を遅延せしめる主因を為しており、四月一日付配転に先立ち、組合が短期間に矢次ぎ早やに過大な要求を被告に対し提出し、次ぎ次ぎと一方的に権利濫用に亘る争議行為を続発した事情も存し、当時における交渉事項の順位、労使関係の実情に鑑み交渉開始が事実上遅延せざるを得ない已むを得ざる事情があつた。

なお、訴外組合は団交方式につき、交渉議題限定なし、訴外組合の交渉委員数不定の多衆交渉、訴外組合側交渉委員は訴外組合が選出し交渉のその都度変更あり得ること、を強く主張し、被告が殆んど連日訴外組合と折衝を重ねるも団交方式につき妥結に至らず、訴外組合役員と被告トツプとのいわゆるトツプ会談を被告が提案するも、これを拒否し、団交開催は訴外組合の一方的無理解な態度により事実上不可能の已むなきに至つたものである。しかし被告は事態の速かな進展を意図し、団交方式の妥結(昭和四〇年四月一四日)以前に労使話合いの場を求め、同月一二日賃金増額につき有額回答を為したものであつて、原告の主張は、一方的である。

仮に原告の一連の違法行為が被告の完全な団交拒否を契機にこれに対する抗議としてなされたものとするならば、重鉢巻斗争も本来的に団交拒否そのものを不当とし、これに抗議する主旨を明確にして為されるのが当然である。然るに、重鉢巻斗争の過程において、その旨の表示文言はなく単に赤地のものであり、重鉢巻斗争につき訴外組合から被告に通告した事実も全く存せず重鉢巻斗争が右抗議のためになされたということが原告の後日の弁解に過ぎないこと明白である。

(二) 仮に右重鉢巻斗争が要求貫徹のための行動であるとしても、右斗争によつて違法重大な結果を招来している以上、重鉢巻斗争は違法であり、右原告の主張は容認し得ないものである。

従つて、原告において違法な組合指令に従う「義務」の存する余地なきこと、また原告の組合経歴に徴して、この点に関し原告がその判断に苦しむ余地なきこと明白である。

(三) 原告の本件書類逓送が営業内勤としてその職務に属しないとの主張は、被告におけるテレビ営業部が当時すべて外勤業務を職責としており、現に対外折衝対外取引書類の逓送等が現実に行われていた事実からその根拠のないことは、既に主張した通りである。のみならず、従業員職務担当上、上司から命ぜられた職務については、特別の規定等の定めがありそれが職責に属しないことが一義的に明白でない限り、その職責に属するや否や判断し、自己において職務を内勤業務と判断した場合のみ上司の命令を遵守し、然らざる限りこれを当然に拒否し得るとするが如き企業組織内における職務の秩序を無視し実情に合致しない法理は、認められないこと明らかである。しかも、原告は本訴に至つてかかる主張をなしているが、当時上司から書類逓送を命ぜられた際、自己の職務に属さない旨弁解或は抗議し、又その遂行を拒否した事実は全く存しない。原告は当時それが自己の職務に属することを承認し、その職務の遂行として前記書類逓送を為したこと明白である。

また、書類逓送が原告の処分創出の為めなされたとの主張は原告の邪推である。

即ち、本件解雇が為された昭和四〇年七月七日直後になされた訴外組合と被告間の団交の席上、訴外組合は被告に対し、本件解雇の不当性を主張し、各般に亘りしつように抗議を為したが、処分理由創出の主張は全くなされなかつた。

(四) 原告の行為が訴外組合の斗争指令によるとの原告主張については、上司高橋営業部長に対する侮辱行為、無断会社施設使用行為が訴外組合指令に基づかないことは明らかである。また組合の活動が法律上許された限度内で法の保護を受け得るものである以上、組合が違法活動を為し得ないのは勿論、組合員に対し違法な指令を発し得ないこと明白であり、組合員が違法な命令に従つた場合はそれが組合の指令によつたとの理由を以つて違法性の阻却されないことも論を俟たない。

原告の組合経歴に鑑みれば、組合活動の限界ないし許容範囲については一般組合員に比し知悉していたことも明らかであつて、原告は自己の言動が許容されないことを熟知しながらこれを為したものである。従つて原告が組合の違法命令に従つたものとして、その情状を軽きに考えるのは事の真相を誤るものである。むしろ、原告はその違法たる所以を十分承知しながら、組合指令の存することを形式的な根拠におき、あえて違法行為を長期に亘り継続し、且つ一片の反省なきものであるから、その情状において悪質と断ぜざるを得ない。

(五) なお、被告は創立以来現在に至るまで、一貫して企業秩序の保持、放送企業としての信用形成維持、放送内容およびステーシヨン・イメージの向上等につき格段の配慮努力を為して来たものであり、被告の従業員に対する信賞必罰は厳正に行われていたものであり、被告における懲戒処分は昭和二五年から昭和四〇年までに一八二件(解雇三件、出勤停止七件、減給三五件、譴責七五件、戒告六二件)であつて、いずれも被告の審議機関或いは常務会において慎重審議の結果行われたものである。放送機器故障による事故に対する監督管理責任、或は過失による番組一部落失等により出勤停止処分が行われている被告の処分実績に徴し見れば、原告の行為が懲戒事由による解雇に該当するとする被告の認定は、手続・理由に誤りなく又他の懲戒との間に権衡を失するものでない。

(六) 以上の通り原告が、本件解雇が権利濫用に当るとして主張した事実がいずれも理由のないことは明白であるが、更に本件事案は従来の判例学説上も解雇権の濫用と目しその解雇を無効とする事案ではない。

(1) いわゆる懲戒解雇権の濫用については、わが国の判例学説上現在に至るまでその意義内容は必ずしも明確とはいえないが、一般には解雇権の濫用とは、解雇自由説の立場から行過ぎた解雇権の行使を一般条項を借りて抑制しようとする理論であると理解されている。

従つて解雇権濫用説の前提は解雇自由であり、そのことが先ず第一に本件解雇の効力を考える場合考慮されねばならない。第二に従来判例上いわゆる解雇権濫用として無効とされた事案について、企業整備等の整理解雇を除き懲戒解雇に関する判例の法理を観るに、これに当るものとして懲戒解雇が無効とされた場合のメルクマールとして指摘できるのは次の如き態様に限られている。

即ち、従来のこの種の事案につき判例の示すところによれば、懲戒解雇権の濫用として解雇無効とされるのは、(イ)使用者がことさら労働者に害意を有し、他の目的を達する為に懲戒解雇権を発動した場合(ロ)使用者に客観的に懲戒事由が存しない場合(ハ)使用者の懲戒解雇権行使につき明白重大な信義則違反の認められる場合(ニ)使用者の懲戒解雇権の発動につき強行法規違反ないし公序良俗違反が認められる場合(ホ)企業秩序ないし企業信用の維持獲得の目的を逸脱するとき(ヘ)労使双方の法益の比較に極端な不均衡が認められるとき(ト)懲戒解雇事由発生につき使用者に極めて一方的な故意過失の存するとき、である。

然るに本件については、被告が原告を解雇するにつき、ことさら正当な事由もなく原告に対し害意ないし他の違法目的を達成しようとした事実・客観的な懲戒事由の不存在・懲戒解雇権の発動について内容手続につき不信義に及んだ事実・法令上は勿論就業規則公序良俗に違反した事実は全く存しない。またその解雇目的が、企業秩序の保持・企業経営信用の維持獲得にあつたことは解雇事由それ自体、解雇に至る一連の経過に鑑み明白であり、さらに当時被告が企業経営上危機に臨み一連の収拾策を以つても防ぎ得なかつた不利益を排除するため、已むを得ず被告および他の従業員の利益を守る為めに本件懲戒解雇を為した事実が明白に存在する。

そして、原告の前記違法重大な数々の行為について被告に一方的過失ありとは到底いえない。

(七) 以上により原告の本件解雇は解雇権の濫用であるとの主張が失当であること明らかである。

第七、証拠<省略>

理由

一、被告が原告主張のとおり放送事業等を営む株式会社であること、原告が、昭和三二年四月一五日被告に入社してから、昭和四〇年七月に至るまでの職場歴が原告主張のとおりであること、原告は、訴外組合に所属し、その主張のとおりの役職を歴任したこと、(但し民放労連東海地連の役職は除く)、原告が昭和四〇年四月一日付で被告報道局ラジオ報道部からテレビ局業務本部営業部へ本件配転を命ぜられたこと、および被告は、昭和四〇年七月七日原告に対し、原告主張のとおりの就業規則条項を適用して、本件解雇の意思表示をなしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

よつて、以下本件解雇の効力について判断する。

二、(労使関係の推移)

成立に争いのない甲第三ないし第五号証、第七ないし第一〇号証、第一三号証、第二四号証、第三六ないし第四四号証、第五一、第五二号証、乙第四号証、第九号証の一ないし五、第一七号証の一、二、第一八号証の一ないし九、第一九号証、証人大西五郎の証言により成立を認めうる甲第二六号証、原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第一四ないし第二二号証、第二八ないし第三五号証、第五四、第五五号証、第五九ないし第六一号証、第七七号証、証人高橋一夫の証言により成立を認めうる乙第二三、第二四号証、第二八号証の三、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第四五ないし第四八号証および証人大西五郎、同遠藤重夫、同校条善夫、同高橋一夫、同伊藤幸三の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(一) 被告と訴外組合との労使関係は、昭和三五年までは比較的平穏であつたが、昭和三五年八月の役員選挙で大西五郎を執行委員長とする執行部が選出されてからは訴外組合は、労働条件改善のため活溌な組合活動を展開した。そして、被告の子会社である株式会社CBCサービスステイシヨンが昭和三七年五月一〇数名の従業員を解雇した際、訴外組合は、右サービスステイシヨンの労働組合を支援し、かつ東海地方の民放労連さん下の労働組合をもつて組織している東海地連と共斗を組み右解雇撤回のスト権を確立した。その結果右解雇は撤回され、右従業員は、被告の従業員として新たに就職するに至つた。

他方、被告は、昭和三七年六月課長代理制度を新設し、翌三八年の団交において訴外組合に対し課長代理(当時三四名)を非組合員とすることを提案したが、訴外組合はこれを組合弱体化対策であるとして反対し、また被告が同年一一月合理化のための機構改革を進めるに従い、訴外組合はこれに反対し被告と激しく対立した。

かくて被告の当時の副社長小島源作は同月一一日の部課長会議において民放労連の運動方針が政治性の強いことおよび訴外組合の合理化反対斗争を批判し、組合が労使共存の形になることを望んでいる旨の発言をなし、右発言要旨は被告発行の同年一二月一日付社報に掲載されたため、訴外組合はこれを自己に対する攻撃と受取り抗議した。

また従来訴外組合の組合員であつた課長代理四〇名が、被告の組合脱退勧告に従い昭和三九年四月に三九名、同年六月に一名と全員訴外組合を脱退するに至つた。

(二) このような労使間の対立は訴外組合の昭和三九年一月から二月にかけての労働協約改訂交渉をめぐつて一層激しくなり、特に被告が同年三月CBC合唱団員五名の再契約を拒否したことから訴外組合の同年の春斗要求ともからんで労使の対立はその度を加えた。

訴外組合の右労働協約改訂要求は、会社の解散、合併その他機構改変等につき組合との事前協議制のほか、人事同意条項、就業時間中の組合活動の自由、その他各種の労働条件の改善を求めるものであり、経営権、人事権、施設管理権等は使用者固有の権利であるとする被告の見解と根本的に相容れない条項を含んでいたため、被告と訴外組合との右労働協約改訂交渉は遂に決裂し、昭和二八年に締結されて以来部分的修正を経たのみで継続して更新されて来た右労働協約は有効期限である同年三月三一日の経過により失効し、無協約状態となつた(三月三一日の経過により昭和二八年以来継続して更新されてきた労働協約が失効し、無協約状態となつたことは当事者間に争いがない。)。

被告は、翌四月一日付で社長名をもつて「告」と題する書面を社内に掲示するとともに、同一内容の書面を全従業員に配付した。

右書面の要旨は、「労働協約が失効したことは遺憾にたえないが、会社は、労働協約失効後も、近代的労使関係の維持発展と放送事業の社会的使命のため労使相携え、邁進する決意である。しかし、協約が失効した以上従来と異なる措置をとらざるをえないことは必然であり、従業員はこの点を充分認識し、業務遂行に万全を期すよう望む。」というものであつた。

かくして、被告は同年四月一日以降従来行なつていた組合費のチエツクオフを廃止し、被告構内における就業時間中の組合活動を認めず、年一回の定期大会以外には訴外組合が被告の施設を使用することを認めない旨表明するに至つた。

被告のかかる態度に対し、訴外組合は、昭和三九年の春斗においてストや抗議集会をもつて抗議し、他方被告は訴外組合に対し、右集会が被告の施設の無許可利用であるのでその責任を追及する旨の文書通告を数十回に亘りなした。

このように労使で激しく対立した同年の春斗も、同年六月二三日春斗期間中の訴外組合の行為に対する責任不追及、賃金増額の四月実施を条件に妥結され、同時に後に詳述する施設協定が締結された(春斗が妥結し、施設協定が締結されたことは当事者間に争いがない。)。

(三) (1) 訴外組合は、昭和四〇年二月一六日被告に対し、同年四月一日以降本給を一率八、〇〇〇円増額すること等を含む春斗要求書を提出し(この事実は当事者間に争いがない。)、右要求に対し三月一日までに団体交渉を開くよう要求し、ついで二月二五日付で住宅手当を新設し一律三、〇〇〇円支給すること等の追加要求書を提出し、三月一一日には、同月二〇日までに団体交渉を開き回答することを条件として合計七一項目にわたる日常勤務改善要求書を提出した(訴外組合が前記各要求書を被告に提出したことは当事者間に争いがない。)。

(2) ところが前記のとおり当時無協約状態であつたため労使双方に団体交渉方式をめぐつて争いが生じた。被告は、賃金、日常勤務の各要求項目別に、団交協定書を作成すること、団交は、団交議題を特定し、交渉委員は各議題別に労使各一八名以内に制限したいと提案したが、訴外組合は交渉委員数の制限を不当なりとしてこれを拒否した。そこで団交方式をめぐる両者の対立は仲々解決されず、加えて被告が団体交渉方式の確立が春斗要求の検討より先決だと主張したため、右春斗要求については十分な団体交渉が行なわれなかつた(昭和三六年度の協約では団交の交渉委員は労使各七名と規定され、昭和三八年度の協約では、労使一三名と規定され、いずれの協約も交渉委員以外のものが団交の席に立入つたときは団交を打ち切ることができる旨規定されていた。)。そこで訴外組合は、これは団交拒否であるとして三月一六日団交拒否反対スト権、同月二二日賃金増額等スト権、および後記不当配転反対スト権を確立し、同月二五日から五月一〇日にかけて一二回にわたる全面時限ストを、同年四月一七日から五月七日にかけて被告の本社、東京支社、大阪支社の各一部の職場において部分時限ストを、同年四月一日から六日まで原告および訴外遠藤の両名に対し、同月一日から七月三〇日まで訴外広田に、また四月一九日から六月二六日にかけて一五回に亘り原告および訴外遠藤を含む一部の組合員(延べ人員二一八名)に対し、それぞれ指名ストを行なわせ、訴外組合の右ストは約三カ月間に亘り全面時限スト一七波、部分時限スト(指名ストを含む)六〇波合計七〇余波に及んだ(スト権は前記の外に四月一九日日常勤務要求スト権を確立し、合計九項目のスト権が立てられていた。)。

また右ストと平行して、訴外組合は、組合員に対し、同年三月二五日以降は腕章着用を、四月六日以降はリボンの着用を、六月一日以降は腕章、リボンに代えてワツペンの着用を指令し、また主にスト中の組合員に赤または白鉢巻の着用を指令した。

(3) 被告は、訴外組合の前記各要求について検討したが、右各要求は、賃金等については実質一人当り一五、〇〇〇円以上の増額要求であり、日常勤務諸要求も冷暖房施設の改善要求は約一億円の巨費を要するなど相当過大な内容を含んでいた。

そして前記のとおり団交方式をめぐつて労使の意見が対立していたため、被告は、実質的な団交を経ないまま、四月一二日に一人平均三、六二四円の本給増額回答をなしたところ、訴外組合は、翌一三日右回答を拒否し、第二次回答を要求した(被告が四月一二日前記の回答をなし、訴外組合が翌一三日右回答を拒否し、第二次回答を要求したことは当事者間に争いがない。)。

同月一四日に至り、ようやく労使間で団体交渉につき、出席人員、議題、委員の権限等を定めた協定書が締結され団体交渉の方式が確立され、被告は、同月二三日日常勤務要求に対する回答を、また同月二六日一人平均三、九二四円の第二次本給増額回答をしたが、訴外組合は翌二七日右第二次回答を拒否し第三次回答を要求し、賃金増額の労使交渉は難航し、五月三一日被告は全従業員に対し、「告」と題する書面を以つて被告としては三次回答を提示する意思もなく、企業経営の実状からして三次回答は出しえない客観的状勢にあることを訴えると共に労使互譲の精神に欠ける現組合執行部に対する不信を表明するに至つたが、結局同年六月一四日賃金増額要求は被告の第二次回答により妥結した。

また、日常勤務要求については訴外組合は五月二六日「被告の回答は二項目を除いて全部不満である。新回答を出せ。」と要求したが、要求項目が広範囲に亘つて居り、加えて多額な費用を要するため、被告の自動車にクーラーを設備することと、長短勤務制(いわゆる変形労働時間制)の廃止が妥結したのみでその余の殆んどの要求事項は、昭和四一年度への継続議題となつた。

一方、訴外組合は、被告に対し、右春斗要求が解決されていない六月一日夏季手当要求を提出し、同月二九日一人平均一三〇、〇二九円で妥結した。

三、(本件配転を含む昭和四〇年四月一日付配転の経緯)

前掲甲第七号証、第一六、第一七号証、第二六号証、第二九号証、第三〇号証、第三四号証、第五一、第五二号証、第七七号証、乙第四号証、第九号証の二、五、第二四号証、第二八号証の三、成立に争いのない甲第六号証、第一一、第一二号証、第二五号証、第六二号証、乙第一号証の一、第六号証、第八号証の一、二、第一一号証、証人大西五郎の証言により成立を認めうる甲第二七号証、原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第五六、第五七号証、第七八号証、証人伊藤幸三の証言により成立を認めうる乙第二五号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第四九号証、乙第二〇号証、証人大西五郎、同遠藤重夫、同校条善夫、同高橋一夫、同伊藤幸三の各証言および原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(一) 被告は、機構改革に伴う定期異動を行うため、前記春斗期間中である昭和四〇年四月一日付をもつて一三四名(うち管理職六七名、組合員六七名)にのぼる人事異動(この中に本件配転および訴外遠藤、同広田の配転が含まれていたことは当事者間に争いがない。)を実施することを決定し、三月九日と一一日の二回に亘り労使懇談会において訴外組合に対し内示した(右内示の事実は当事者間に争いがない。)。

訴外組合は、同月一七日被告に対し、「配転の拒否と人事異動については、組合と団交を開き話合いがつくまで異動を延期すること、今後の異動については、一カ月以上の事前協議期間を設けて充分本人が了解した上で異動を行うこと」を要求したが、被告は、人事権は原則として会社固有の権利であり、個人の人事について団体交渉する必要を認めないとして訴外組合の右要求を拒絶した。

そこで訴外組合は、三月二二日不当配転反対スト権を確立し、四月一日午前一〇時から三〇分間の時限ストを行い、同日原告および訴外遠藤、同広田は配転先への着任を拒否し、訴外組合は右三名に対し前記のとおり指名ストを指令し、原告および訴外遠藤に対し四月一六日から六月二二日まで後記の重鉢巻着用を指令した。

訴外組合は、四月二三日被告に対し、配転に関する公開質問書を提出したところ、被告は同月二六日「会社は放送企業に課せられた社会的使命にのつとり、放送企業発展のため、つねに有為な放送人育成を志して人事異動を行つている」旨述べて右質問書に対する回答の必要ない旨を文書通告してきた。

訴外組合は、翌二七日配転問題についての団交申入をしたが、被告により拒否された。

(二) 被告においては、昭和三五年から定期的人事異動が行われており(たとえば昭和三五年四月一日一五八名、昭和三七年六月一日一一七名、昭和三八年一一月一日二六八名)、昭和四〇年四月一日付の配転が特に異例の人事異動であるというわけではなかつた。

そして被告は、前記労使懇談会で配転の内示をした際に訴外組合に対し、今回の異動は、五月二日に発足する東京放送をキー局とするラジオ・ライン・ネツトワーク等放送企業の新事態に対処し、人事の刷新、合理化、をはかり、かねて幅広い放送人の育成を目的としてなされるものである旨の説明をした。

(三) 右配転により、原告は、前記のとおり報道局ラジオ報道部からテレビ局業務本部営業部へ、訴外遠藤(昭和三九年八月まで訴外組合の執行委員長、配転当時執行委員)は、テレビジヨン局制作本部技術部撮像課から技師長付へ、訴外広田(配転当時訴外組合の組織部長)は、テレビジヨン局制作本部進行部から技術局送信技術部鳴海放送所へそれぞれ配転された。

ところで原告の従前の職場であるラジオ報道部のデスク要員は当時九名であり、うち訴外組合の組合員は原告を含め五名いたが前記四月一日の異動により、デスク要員が六名となり、全て課長代理以上の管理職となり、訴外組合の組合員は一人もいなくなつた。また訴外遠藤の配転先である技師長付は他に組合員のいない職場であり、訴外広田の配転先は、名古屋市鳴海区所在の組合員の僅少な放送所であつた。

(四) そこで、訴外組合は、原告らの配転が、組合役員および活動的組合員の職場からの切り離しを狙つた組織攻撃であるとして話し合いがつくまで異動を延期することおよび事前協議制の実施を要求して団交を申し入れたが、被告は人事権は被告固有の権能であり交渉の余地はないとして団交申入を拒否したので、訴外組合は前記のとおり不当配転反対のスト権を確立したうえ、時限スト、指名スト等を行つた。

なお原告は、昭和三六年八月ラジオ放送部の職場代議員となり、昭和三七年八月には執行委員(法規対策部長)として当時の労働協約改訂交渉の訴外組合側の中心として活躍し、昭和三八年八月には訴外組合の新執行部組成の中心となり自ら書記長(専従)を引受け、昭和三九年九月民放労連東海地連の書記次長となり、本件配転当時も同職にあつた(これより先昭和三七年七月二五日の団体交渉において「会社は組合専従者が復職した場合は原則としてもとの職場に復帰させるよう努力する。」旨の確認がされていたが、原告が昭和三九年七月専従期間を終えるに際し、被告はテレビジヨン局進行部への配転を内示したが、訴外組合の反対、各職場での署名運動の結果原告は原職であるラジオ報道部に復帰した。)。

(五) 原告の入社以来の職歴は前記のとおりであり、一貫して報道部門に勤務し、放送記者として稼働し、昭和三六年九月からはデスク業務(放送用ニユースの編輯)に従事していた。放送記者の職務は、ニユースの取材、番組の編輯、ニユースのアナウンス等であり、本件配転に至るまで格別の事故もなく上司から仕事振りにつき注意叱責を受けるということもなかつた。

本件配転先の職場であるテレビ営業部の職務内容は、後記のとおり番組、スポツト等をスポンサーにセールスすることにあり、原則として部員は、全員、このような対外的セールス活動に従事することになつていた。

被告が、原告を報道部から営業部に配転した理由は、要するに、当時テレビ営業部から報道経験者一名の転入要請があり、被告は、原告の資質能力が報道部員としては限界に来ており、むしろ営業マンに適しているとの判断に基づくというにあり、当時の報道局長加藤釘一は、原告から本件配転について抗議を受けた際、原告に対し、「新らしい営業活動に有能な人材を求められたので君を選んだ。君は、ねばり強いから営業に向くと思う」と述べた。

しかし、本件配転の具体的な理由について被告が原告ないし訴外組合に説明したようなことは全くなかつた。

ところで昭和三九年三月末で失効した昭和三八年度の労働協約六、七条によれば人事に関する事項は、労使協議会の諮問事項とされており、労使が協議して人事を共同して決定するというわけではなく、ただ異動の対象とされた本人が異議あるときは、組合にその旨申出で、組合がこれを妥当と認めたときは、あらためて労使協議会にはかつたうえ、被告が本人の異議を妥当と認めたときは、本人に不利益を与えないよう措置する旨の定めがあつた。なお当時の被告就業規則一二条には「職員は業務の都合により転勤または職場変更を命ぜられることがある」旨規定されていた。

(六) 本件配転のように報道部門から営業部門に転出を命ぜられた事例は、昭和四〇年四月訴外八木宏二が報道局テレビ報道部からラジオ局業務本部営業部へ、昭和四一年四月に訴外宮本が、東京支社報道部から同支社テレビ営業部業務課へそれぞれ転出し、営業部から報道部内に転出した事例としては、訴外馬島、同能沢の両名が、昭和三三年六月営業局付から編成局報道部ラジオニユース課に、訴外天野が昭和三四年八月経理部予算課から前同様ラジオニユース課にそれぞれ転出した。

右の外報道部門と総務計理部門との間に異動が行われた事例も若干存する。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

四、以上二、三に認定した事実によれば、被告における労使関係は、昭和三五年ごろから次第に対立し、労働協約改訂交渉は、人事同意条項、就業時間中の組合活動等をめぐつて意見が衝突し、遂に昭和三九年三月末を以つて協約が失効し、同年度の春斗、昭和四〇年の春斗と益々労使の対立はその度を強めて行つたこと、このような時期に行われた昭和四〇年四月の異動中本件配転および訴外遠藤、同広田の配転に対し、訴外組合は、これを組織攻撃であるとして被告に対し、はげしく抗議し、かつ配転についての団交拒否をも不当として、不当配転反対スト権を確立した外、折からの春斗要求についてもスト権を確立し、併せて九項目のスト権を立て、全面、部分指名等の各ストやリボン、腕章、鉢巻等の服装斗争を行つたことが明らかである。

ところで、訴外組合の立場からすれば、訴外組合の現執行委員で組織部長の要職にある訴外広田が本社から組合員の僅少な放送所へ配転されることは、折から春斗期間中でもあり、訴外組合の各種活動に相当な支障をきたすことは明らかである。

また本件配転についてみれば、労働協約は失効しており、被告の人事権については、前記就業規則一二条の「職員は業務の都合により転勤又は職場の変更を命ぜられることがある」旨の規定を制約する協約等は一切存在しないのであるから、原告ら訴外組合員は労働契約上勤務場所ないし勤務内容の変更、指定権を包括的に被告に委ねているもの(但し、そこには自ら合理的な限界が画さるべきことはもちろんである。)と認めるべきであり、そして原告が入社に際し、報道部門の放送記者として職種指定のうえ採用されたと認めるに足りる証拠のない以上、本件配転が労働契約に違反するとはいえないし、また配転についての理由の明示がないからとて右配転が無効になるいわれも存しない。

しかし、いかに労働契約上有効な配転であつても、本件配転が、果してどの程度の業務上の必要に基づきなされたものか、被告に組合活動阻害の意図が存したかどうか、存したとすればその程度は業務上の必要性の度合と比較して、どちらが高度かという問題は、配転権の濫用ないし不当労働行為の成否の問題として別途に考究さるべきことがらであることは多言を要しない。

そして、当裁判所は、本件配転の業務上の必要性を否定するわけではないけれども、先に認定した新旧職務内容の比較、原告の旧職務当時の仕事振り等から考えると、原告にとつては自己の全く希望しない異職種への配転という重大な労働条件の変更を伴う配転であつて、これと先に認定した原告の組合役員歴特に原告が労働協約改訂交渉にあたり訴外組合の中心的人物として活動したことを考え併せると、本件配転について被告にいわゆる差別待遇の意図が全くなかつたとは断言できず、このことは訴外遠藤の配転についても同様である。

従つて、以上の原告ら三名の配転が差別待遇ないし組合に対する組織攻撃の意図を決定的動機としてなされたかどうかは、しばらく措くとしても、訴外組合がこれら配転についてこれを不当配転と考え、被告に対し各種の抗議手段を以つてその撤回を強く求めたことについては、相当な理由が存するものと認められる。

また、これら組合活動家に対する配転についての団交要求を被告が一切拒否したことは妥当な措置とはいえない。訴外組合が、これら配転を組織攻撃と考え、団交を要求してきたならば、被告としては、十分に団交をつくすべきであり、人事は被告の専権事項であるとして、団交を一切拒否した被告の態度は責めらるべきである。

特に本件配転のように異職種への配転は従来その事例が若干存するとはいえ、本人にとつては、労働条件の重大な変更になることでもあるから、業務上の必要性等について十分に誠意を以つて説明する等の努力をなすべきであつたと考える。

以上の考察からすれば、配転をめぐる前記労使紛争を惹起した原因については被告側に相当の責任があるというべきである。

もつとも昭和四〇年春斗についてのみ言えば、団交方式をめぐる労使紛争や春斗要求の内容に関する労使の見解の対立については、非は寧ろ訴外組合の側に存する。すなわち団交方式について、被告は前記のとおり、協約が存した当時より五名も多い一八名の交渉委員を認めるという提案をしたのに際し、訴外組合は、交渉委員の人数制限は団結権に対する不当な制限なりとして一切認めないという態度で終始抗争したのは、団結権の濫用であるとのそしりを免れないし、春斗要求も、あまりに過大な要求を固執した点については、非難さるべき余地が存するというべきであろう。

よつて進んで本件解雇事由となつた原告の行為につき順次検討する。

五、(リボン、腕章ないし重鉢巻斗争関係)

前掲甲第一八号証、第二一、第二二号証、第三二、第三三号証、第五一号証、第七七、第七八号証、乙第八号証の一、二、第九号証の三、第一一号証、成立に争いのない甲第二号証、乙第五号証、第一〇号証、第一二ないし第一四号証、証人校条善夫の証言により成立を認めうる甲第二三号証、証人高橋一夫の証言により成立を認めうる乙第一六号証の一、二、証人伊藤幸三の証言により成立を認めうる乙第三号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第二八号証の二、および、証人大西五郎、同校条善夫、同高橋一夫、同伊藤幸三の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(一) 原告の本件配転先の職場であるテレビジヨン局営業本部営業部は、部長、次長各一名、課長二名、職員一〇名(原告を含む)であつた。

職員一〇名の職務内容は、社内業務を主とする営業デスク一名(訴外加藤忠也)を除いてすべて対外的な営業セールス活動であり、原告と同じく昭和四〇年四月一日付配転で営業部へ配属された訴外安田儀太郎のみ、右営業セールスのほか営業デスクを手伝つていた。当時営業部が担当していた顧客は四一〇社余りで、うちスポンサー関係が約三七〇社、広告代理店関係が約四〇社であつた。営業部員はこの四一〇社余りの顧客を絶えず訪問して連絡を保ち、また新たな顧客を開発するなど営業活動を継続しなければならない責務を負つていた。

(二) 原告は、前記のとおり昭和四〇年四月六日指名ストを終え営業部へ出勤してきた。そこで同部の高橋部長は、日常の営業活動において一番折衝の多い主要な代理店関係者に原告を紹介すべく、同日午後一時ころから各代理店に挨拶廻りに行くよう原告に指示し、当日原告はスポーツシヤツ姿であつたため営業部員としてのエチケツト等について説明し、背広等を自宅から持つて来させて服装を改めさせた。

しかし、原告は、鉢巻を巻き、腕章、リボンを着用していたので高橋部長がはずすよう命じたところ、原告はリボン以外のものの着用は止めた(当時の訴外組合のリボン、腕章等の着用指令においてはテレビ出演者や社外へ出るものは例外的にその取りはずしを許容されていたので、原告がリボンをはずしても組合指令に背反するわけではなかつた。)。右リボンは、幅二糎、長さ一〇糎の黄色の布製で「一方的配転反対、要求貫徹」の文字が印刷されていた。

このリボンは当日の訪問先である電通(被告の全取引の約三割を占める広告代理店)産業通信社の各名古屋支社および三晃社では特に苦情をいわれなかつたが、協同広告においては、加藤支社長に見咎められ、「何んだこれは。こんなものをつけるのはセールスマンのすることではない。訴外組合は行き過ぎであり、同組合のストは大名ストだ。」等訴外組合の活動も含めて語気鋭く非難された(原告が当日リボンをつけて電通および共同広告を訪問したことは当事者間に争いがない。)。

そのため高橋部長は、その場をとりなし、原告とともに早々に同社を辞し、同日予定していたその他の広告代理店への挨拶廻りを中止した。

同部長は帰社途中の車内で原告に対し、「商売の道は決して甘くなく、社会の目は非常に厳しいこと」等を説明して原告の組合活動の自重を要望した。

(三) しかし、原告は、翌日以降も鉢巻、腕章、リボンの着用を続けたため(原告が四月上旬から五月上旬までの間社内勤務において腕章、リボンを着用していたことは当事者間に争いがない。)、高橋部長は、やむなく予定していた挨拶廻りを中止した。

鉢巻は、表は白地に「CBC労組」と黒地で染められた布製で裏が赤色であり、腕章は、赤地に白文字で「団結CBC労組」と染められていた(後述の重鉢巻斗争においては鉢巻を裏返して使用した。)。

営業部に属する訴外組合の組合員は、従来就業時間中は業務の特殊性から腕章、リボン等の着用指令を受けても着用していなかつたが、別段訴外組合から指令違反として追求を受けるということもなかつた。

(四) 高橋部長は、同年四月一〇日ころから営業部員の訴外沖本定雄(訴外組合員で職場斗争委員)に命じ、原告を同人のセールス活動に同道させ、営業の職務を原告に習得させることにした。

右沖本は、原告に対し、営業セールスをやる場合は腕章やリボンをしていては仕事ができないので腕章、リボンをとつてほしい旨申したところ、原告は右沖本が職場斗争委員であり、組合の組織上は同人が上位者であつたためこれに従い、訴外沖本と共に営業セールスへ行く際は腕章、リボンの着用はやめた。

(五) 訴外組合は斗争時においては、執行委員を中心に構成される斗争委員会が全組合員から交渉権、指令権、妥結権を委任され、また代議員を中心に職場斗争委員が選出され、斗争委員会が重大な決定をする場合は事前に職斗会議の意見をきき、これを参考にしていた。

前記のとおり、訴外組合は、昭和四〇年四月一日付の配転に反対し、団交要求をなし、対抗手段として四月一日から訴外広田、原告、訴外遠藤に指名ストを指令し同月五日原告および訴外遠藤の指名ストを解除したので、それ以降は訴外広田のみが指名ストを継続していた。

ところが同月一五日の職斗会議において被告がいぜんとして配転についての団交拒否をしている現状勢にかんがみ不当配転の当事者である原告および訴外遠藤も訴外広田の指名スト(赤鉢巻着用)に合わせた斗争を抗議手段としてやるべきであるとの意見が出され、同日開かれた斗争委員会において原告および訴外遠藤に対するいわゆる重鉢巻斗争指令が決定された。

重鉢巻斗争とは、普通の鉢巻斗争よりは強力でストライキに次ぐ新たな斗争手段であり、社内、社外を問わない全勤務時間中除外例なしの鉢巻着用斗争である。

(六) そこで原告が四月一六日重鉢巻斗争指令に従い勤務時間中赤鉢巻を着用していたところ、営業部の須江課長から「鉢巻を取つてセールスに廻るように」指示されたので、原告は右組合指令を示し、右課長の指示に従わなかつたため、同課長は、原告が沖本と共にセールスへ行くのを中止させ、営業デスクの手伝いを命じた。

(七) その後も原告は依然として勤務中赤鉢巻をしていたが、テレビ営業部にはスポンサーや代理店等顧客の出入もあるので、須江課長は、五月一一日原告に対し赤鉢巻をはずすよう命じたところ、翌一二日正午過ぎころ、西沢委員長ら訴外組合員が多数営業部デスクへ押しかけ須江課長を取り囲み約二〇分間同課長の右業務命令は不当労働行為である旨非難攻撃した。

また、五月上旬ごろ、株式会社東山会館の広田支配人は須江課長に対し「業務命令に従わないような原告をわが社へ来させては困る。そういう人をわが社へ出入りさせるようなら提供番組を停止する。」旨強く要望した。

(八) 原告は、六月二日営業部正木課長の命により、営業関係書類である「ビデオリサーチ」を電通名古屋支社内「テイールーム電通」で商談中の高橋部長に届けたが、正木課長から鉢巻をはずして行くよう命じられたにもかかわらず、原告は赤鉢巻をつけたままの服装で赴いたため、右部長および同席していた電通関係者は鉢巻を取るよう説得したが、原告は組合の指令を理由にこれに従わなかつた(原告が「テイールーム電通」にいる高橋部長のもとへ鉢巻を着用したまま書類を持参したことは当事者間に争いがない。)。

(九) 被告は、六月八日に代表者名を以つて全従業員に対し、「従業員が就業中に労働組合の鉢巻、腕章、リボン、ワツペン等を着用して執務している場合、その行為が会社業務遂行に支障を来たすと会社が判断したとき、会社は、着用を撤去するよう命令する。その命令に服しない場合は職員就業規則によつて措置する。」旨記載した「告」と題する文書を配布し、かつ着用撤去命令が出される場合の具体的基準について大要次のとおりの方針を定めこれを役職者等に示達した。「業務遂行に支障があると認められる場合とは労使関係に関係を有しない第三者に接触して業務を遂行する責務を有する者がその業務を遂行しているときがこれに該当する。具体的には、テレビに出演するとき、公開番組の現場で一般大衆と接触する勤務をするとき、製作番組で出演者の面前で勤務するとき、スポンサー、代理店の面前で勤務するとき、客の送迎、受付、案内、接待、折衝にあたるとき、社外で顧客代理店と折衝するとき、出張、取材に赴くとき」

訴外組合は、被告の右「告」と題する文書を組合活動に対する支配介入なりとして抗議し、同月一四日ごろ右文書一二八名分を氏名欄を切りとつて被告に突返したりした。

(一〇) 原告は、同月一一日高橋部長から業務用書類の逓送、返書の受領を命ぜられ、電通および産業通信社の各名古屋支社に赴いたが、その際同部長から鉢巻等は着用しないよう注意されたが、鉢巻を着用して赴いたため、同日夕刻電通の町田支配人や産業通信社の伊藤専務から、それぞれ高橋部長に対し原告の態度につき「組合運動を対外的な営業活動に持ち込まれては困る」等の苦情、非難の電話がなされた(原告が高橋部長の命令により右二カ所へ書類を届けたこと、その際原告は鉢巻を着用していたことは当事者間に争いがない。)。

即ち、電通においては、折から居合せた民放各社の支局長ら数名が原告の赤鉢巻姿に驚いている中で前記町田支配人は、原告に対し、「どういう事情か知らないが、鉢巻をしめてここへ入つてきては、困る。第一失礼ではないか。」と詰問したので、原告は、訴外組合が四月一日付の配転に反対して重鉢巻斗争指令を発している旨説明したが、町田支配人は、「事情はともかく鉢巻をしている人と正式に応待するわけにはいかないから、封書も受取れない。」と言つて書類の受領を拒絶したので、原告はやむなく、鉢巻をとり、書類を町田支配人に手渡し、返書を受取り、業務目的をはたした(右町田支配人宛の被告の書類およびその返書の中味は、いずれも便箋用紙一枚が使用され、主要代理店の月別の民放各局の広告取扱量の資料が記入されていた外に、顧客のゴルフのハンデイ等も記載されていた。)。

なお原告はその直後斗争委員会に連絡し鉢巻取りはずしのてんまつを報告し諒承を得た。

次に産業通信社においては、原告は、前記伊藤専務に対し訴外組合が四月一日付の配転に反対して重鉢巻斗争指令を発している旨およびどうしても鉢巻を取らなければならないなら取つてもよい旨述べたところ、右専務は、気にしなくてもよいと言い、絶対に取らなければならないとか、怒鳴りつけるとかはしなかつたので、鉢巻着用のまま書類を渡し、帰社した。

そこで、高橋部長は、翌九日両社を訪問して陳謝し、その後産業通信社に対しては中村常務、小島副社長が、主な名古屋のスポンサーには右常務および井串局長がそれぞれ釈明した。

なお、電通名古屋支社から被告に対し、六月二一日付で、原告が鉢巻姿で来社したことは常軌を逸した行動であり、当社の服務規律維持のためにも迷惑であるから、原告に対し厳重な戒告をするようにとの抗議の書面が送られて来た。

(一一) 六月中旬ごろ被告の広告放送のスポンサーである寿がき屋の菅木社長が来社した際、原告が赤鉢巻を着用したまま執務しているのを見て、右菅木社長は、高橋部長に対し、「会社の業務命令に従わないことが許容されているようではいつ広告の秘密がライバル会社にもれるかも知れず、秘密なことの多い広告を安心してまかせられない。このような状況では、取引をやめるかも知れない。」と強く非難した。

(一二) 原告は、六月一八日大脇営業部次長の命により大広名古屋支社へ業務上の書類逓送のため赴いたが、その際も赤鉢巻を着用していた(原告が大広名古屋支社へ鉢巻を着用して書類逓送のため赴いたことは当事者間に争いがない。)。原告は、同会社の田島次長に対し鉢巻は労働組合の斗争指令でつけていなければならない旨説明したが田島次長が「組合と私とは関係がない。そういう失礼な服装の人はここへ入つてもらつては困る。玄関から鉢巻をとつて入り直してもらわなければ封書を受け取れない」旨強硬に言うので原告は玄関に戻り鉢巻をとり、同次長に封書を手渡して業務目的を果したがこのことにつき同次長から電話で高橋部長に対し厳重な抗議がなされた。

甲第七七号証、乙第一二号証、原告本人尋問の結果中以上の認定に反する各部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上に認定した事実によれば、原告は、服装についての上司の注意、制止に従わずに、被告主張の各日時にリボン着用のまま挨拶廻り、あるいは赤鉢巻着用のまま書類逓送のため被告主張の各取引先に赴いたこと、リボン、腕章着用の組合指令は社外に出るときはその取りはずしを許容していたこと、赤鉢巻着用は、四月一五日付の訴外組合の重鉢巻斗争指令に基づくものであること、そのため原告は二、三の取引先から「異様な服装であり礼を失している。組合活動を取引の場に持ち込むな。」等の抗議、非難を受け、この抗議、非難は原告のみではなく、被告の営業部長、代表者等にも電話、文書等により再三なされたこと、そのため被告は、手分けしてこれら取引先に陳謝に赴いたこと、被告は、六月八日付の社長告示を以つて全従業員に対し前記のとおり、鉢巻等の着用が被告の業務遂行に支障を来たすと判断したときは、その撤去を命令し、この命令に従わないものは就業規則によつて措置する旨を告示し、かつ、その具体的基準を定め、これを役職者に示達したこと、原告は四月上旬ごろより五月上旬ごろに亘り上司の注意制止にかかわらず、社内勤務においてもリボン、腕章、鉢巻を六月一日以降は鉢巻をそれぞれ着用していたこと、以上の事実が明らかである。

七、(名誉毀損関係)

前掲甲第七七号証、乙第八号証の一、第九号証の三、第一〇号証、第一六号証の一、二、成立に争いのない乙第七号証、証人高橋一夫の証言、右証言により成立を認めうる乙第二号証、証人伊藤幸三の証言、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 原告は、前記のとおり、六月八日付の代表者の告示後においてもいぜんとして勤務時間中鉢巻等の着用を続けていたので、翌九日高橋部長は、原告に対し右告示の趣旨に従い鉢巻等を取りはずすよう注意したところ、原告は、同部長の右発言は不当労働行為にあたると抗議し、「六月九日午後四時五分、私は加藤剛君に対し、次の命令を発した。就業時間中代理店等外部からの来客と直接対人折衝する場合には、たとえ社内にあつても、鉢巻、腕章、ワツペンをはずせ。以上、右証明する。」と書いたわら半紙か便箋一枚位の大きさの文書に署名捺印するよう同部長に求めたところ、同部長はこれを拒否した。そこで原告は、赤のマジツクペンで右文書の右側余白に「不当労働行為罪状証明」、左側の余白に「TV営業部長サイン拒否」と書き加え、自己の業務机の上のガラス板の下に右文書を挿入した(以上の事実は余白部分の記載文言を除いて当事者間に争いがない。)。

(二) 訴外組合は、昭和三九年に不当労働行為がなされた場合にはそのことをメモして当該不当労働行為をなした管理職のサインをもらうというメモ活動を採用しており、昭和四〇年はメモ活動は正式には決定されず、単に不当労働行為に対し抗議するよう指令していた。

(三) 高橋部長は、前記原告の行為について抗議し、実力で排除すれば却つて紛糾すると考え、人事部長にその旨を報告したのみで見過し、被告も、同月二九日原告の文書の表示状況について写真をとつたのみで格別の措置は講じなかつた。

原告の前記業務机は、間仕切りのない大部屋の営業部室内にあるため、一日平均数十人のスポンサーや代理店の来客があり、そのため、右文書は多くの来訪者の目にとまり、来訪者の中には原告の行動を心よく思わないものもあつた。六月中旬ごろ産業通信社の名古屋支社次長は、右文書を見て非常識な文書である旨営業部員の沖本に警告した。

八、(無許可施設利用関係)

前掲乙第七号証、第八号証の一、第九号証の二、四、五、第二四号証、第二八号証の三、成立に争いのない乙第一五号証、第二一、第二二号証、証人伊藤幸三の証言により成立を認めうる乙第二六、第二七号証、第二八号証の一および同証言および弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(一) 前記のとおり訴外組合と被告との間に昭和三九年六月二三日施設協定(有効期間一年)が締結されたが、同協定の第二条は訴外組合の会社施設利用が原則として許可制である旨規定し、同三条は、「組合が争議行為に入つた場合は会社は組合が会社の施設を使用することを認めない。但し、本社六階の第三集会室、本社屋上の一部一定部分、本社屋内の一部の指定通路に原則として限定して会社の使用予定がない限りその使用を認める。」旨規定されていた。

(二) 右協定締結に際し、訴外組合は、スト中の組合員にも食堂、エレベーター、ロツカー等の使用を認めるよう要求したが、被告はストライキに便宜を与えることはないと右要求を拒否したため、食堂等の施設は、施設協定三条所定の争議中に利用できる施設としては規定されなかつた。

なお当時の従業員数は七七〇名で右食堂では一日二三〇食(昼食一五〇食)の利用状況であつた。

(三) ところが、原告は、四月一日指名スト中であるにもかかわらず右食堂に入り食事をした(このことは当事者間に争いがない。)。

折から同所にいた被告常務取締役安藤春夫は原告に対し前記施設協定違反であるから直ちに退去するよう注意警告したが、原告は右注意を無視し、そのまま食事を続け退去しなかつた。

(四) さらに、同月三日指名スト中の原告および訴外遠藤は右食堂に立入り食事をした(このことは当事者間に争いがない。)。

折から同所にいた被告人事部勤労課長田沼良一が原告らに対し、「スト中の者がここに立入ることは施設協定違反である。即刻退出するように。」と注意したところ、原告らは「会社は施設協定を拡張解釈している。」等と抗議し、そのまま食事を続け退去しなかつた。

前掲甲第七七号証および証人大西五郎、同遠藤重夫の各証言、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

九、(被告およびテレビジヨン局営業部の特殊性)

前掲乙第一号証の一、第八号証の一、二、第九号証の三、第一〇、第一一号証、証人高橋一夫の証言によれば次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(一) 被告は、放送法、電波法の規制を受ける民間放送会社であるため、政治的中立性の保持、その他公正な報道機関として事業活動を行う責務を負つている。

(二) 被告は、広告媒体である放送電波を商品として販売し、この販売収入を唯一の財源としている。

右放送電波の商品としての媒体価値は新聞における発行部数の如き明確な判断基準がないため一般大衆の当該放送局に対して下す心情的評価(一般的ステーシヨンイメージ)や当該放送局の有する人的物的な生産能力、営業能力や視聴率の総和を以つて構成されるが、これが広告業界において定評を得るに従つて、その放送会社の信用(営業上のステーシヨンイメージ)を形成する。

放送会社とスポンサー、代理店との取引は右の如き営業上のステーシヨンイメージを中心とした信頼関係に基づき行われており、信頼関係の如何が取引の成否に関係してくる。

(三) ところで、原告が本件配転により配転されたテレビジヨン局営業部は、テレビの番組、スポツト等を販売する業務を分掌しており、被告の収入源を支える重要部門であり、顧客等外部に対して被告を代表して接触し、取引を行つている。

従つて営業部員は、前記信頼関係を維持増進するため顧客に対する折衝等について遺漏のあることは許されず、営業部員の服務規律は厳正に保持されるべきものとされていた。

一〇、(本件解雇事由となつた原告の各行為に対する評価)

そこで、以上に説示した被告における労使関係の推移、昭和四〇年四月一日付配転の経緯、被告業務の特殊性を勘按のうえ原告の各行為をいかに評価すべきかについて考察を進める。

(一) リボン、腕章および重鉢巻斗争関係

(1) 先に詳細に説示したとおり、原告は訴外組合の指令に基づいて被告がした本件配転等に対する抗議のためのいわゆる服装斗争として勤務時間中にリボン、腕章、鉢巻等を着用したのであるからこれらの着用は就業時間内の組合活動としてなされたものであることは明らかであり、争議行為として、ないしはスト中の附随的争議手段としてなされたものではない。

ところで前掲乙第四号証によれば、昭和三八年四月一日締結の労働協約三一条は原則として就業時間中の組合活動を禁止し、一定の除外例を規定していたが、右労働協約失効後においては被告は就業時間中の組合活動を一切認めない旨表明していたこと前記のとおりである。

一般に労働者は、就業時間中は使用者の指揮命令に従つて労務提供の義務を負つているのであるから、右義務と矛盾牴触する組合活動をなすことは許されず、使用者は、このような組合活動を業務命令を以つて禁止できることは多言を要しない。

そして労務提供義務に矛盾牴触する組合活動とは労務提供それ自体の不履行を必然的に随伴する場合(就業時間中の職場集会等)のみではなく、完全な労務の提供を阻害し、あるいは阻害するおそれがあり、ひいて、使用者の業務の正常な運営を阻害するおそれがあるときをも包含すると解するのが相当である。

これを本件のような就業時間中の服装斗争についていえば、右斗争が労務提供義務と矛盾牴触するか否かは、当該服装(リボン等)の大小、色彩、表現、内容、着用目的や使用者の業種、着用者の職種、勤務場所等の諸般の事情を考慮して決せらるべきである。

(2) 以上の見地に従つて本件をみるに、原告の着用したリボン、腕章、鉢巻の大小、色彩、表現内容等は先に説示したとおりであり被告の業種、原告の職種、勤務場所、着用の態様も先に詳細に説示したとおりである。

そこで考えるに、被告の業種の特殊性と原告の勤務する職場が、テレビの番組スポツト等を販売する営業部であり営業部員は日常スポンサー、代理店等と社内又は社外において直接面談等をしてセールス活動に従事しているのであるから少くともこれら顧客と面談等をするときは、前記のようなリボンといえども、顧客に対し違和感を生ぜしめ顧客に対する不快感を招き業務の円滑な遂行に支障となるか、ないしそのおそれが大であると考えられる。

現に、リボンを着用して挨拶廻りに行つた原告は、一顧客から右リボンにつき非難され、原告と同行していた高橋部長はその日予定していた他の代理店に対する原告の挨拶廻りを中止し、原告は営業部員としての正常な業務を果せなかつたのである。

従つて四月六日の挨拶廻りにおける原告のリボン着用行為は、営業部員としての労務提供義務に牴触し、違法な組合活動と解さざるを得ない。原告の社内における腕章着用行為も顧客が常時商談のため営業部に出入していることからすれば、これら顧客に対し不快感を招き、業務の円滑な遂行に支障となるおそれが大であると考えられるから、同様に、違法な組合活動と評すべきである。

赤鉢巻については、先に詳細に説示した着用の具体的態様、経緯からすれば、営業部員としての完全な労務の提供を阻害し、ひいて被告の正常な業務の運営を阻害し、又は阻害するおそれの著しい服装(顧客に対し不快感、反発感を与える最たるもの)というべく、もとより違法な組合活動と評すべきである。

このことは、顧客からの幾多の口頭、電話、文書等により被告に寄せられた抗議からしても明白である。

従つて先に認定した六月八日付の代表者名を以つてなされた被告の告示ないしその具体的基準について被告の決定した方針は正当というべきであつて、原告に対し、被告はリボン、鉢巻等の取りはずしを業務命令をもつて適法に命令しうるものであり、原告が右命令に従わないでリボン、鉢巻等を着用しつづけた行為は、業務命令違反というべきである。

なお、原告のこれら着用が組合指令によるものであつても当然には違法性を阻却しないことは多言を要しない。

なお、付言すれば、服装斗争の目的である団結権の示威は使用者に対しなしてこそ意味があり、労使関係に何らのかかわり合いを有しない顧客に対しこれをなしても何んの意味もないのであつて、顧客の感ずる不快感、嫌悪感は、原告が主張するように団結の示威に対するそれではなく、団結の示威が労使関係と無関係な、しかも有形無形のサービスを受けてしかるべき顧客に対しなされているという困惑感に根ざすものと考うべきである。

以上の説示に反する原告の主張は採用できない。

(二) (名誉毀損関係)

高橋部長が六月九日原告に対し赤鉢巻を取るよう命じたのに対し、原告は、右発言をメモし、同部長に署名を求めたところこれを拒否されたため、「不当労働行為罪状証明」と題する前記記載の文書を作成し、これを自己の業務机のガラス板の下に置き、これが多数の来訪者の目に触れたことは先に詳細に認定したとおりである。

そして高橋部長の赤鉢巻を取るようにとの業務命令は正当な業務命令である以上これが不当労働行為に該当するいわれは存しない。ところが、右文書は、その表題と相まつて、これを読む人に高橋部長が悪質な不当労働行為をしたとの印象を与える可能性が大であるから、右文書は高橋部長の名誉信用を毀損するものといわなければならない。

従つて、原告の行為は、到底正当な組合活動といえないこと明らかである。

右に反する原告の主張は採用できない。

(三) (無許可施設利用関係)

前記施設協定は、争議行為中の組合員のステイ・イン(職場滞留)の場所をあらかじめ限定し、それ以外の会社施設への立入を禁止し、以つて争議中における会社施設利用をめぐる紛争を未然に防止せんとの目的で締結されたものであり、右協定にいう争議行為には指名ストが除外されていない以上、指名ストもこれに含まれると解すべきである。

そして右協定によれば、食堂は争議中組合がステイ・インできる施設の中に含まれていないのであり、原告が指名スト中二回に亘り右食堂に立入り食事をしたことは前記のとおりであるから、原告の右行為は形式的には右施設協定に違反し許可なく会社施設に立入つたものというべきである。

しかし、原告の右行為はスト中のステイ・インとしてなされたのではなく、一従業員として食事をするために立入つたのであつて、しかも原告の右行為により他の従業員の食堂利用行為が妨げられたとか、実質的に被告の施設管理権が侵害され、被告の業務を阻害したことを認めるに足る証拠が存しない以上、原告の右各行為は、施設協定に形式的に牴触するにもせよ、なお被告において受忍しなければならない程度のものというべきであるから、業務命令違反等の罪責は負わないというべきである。

右説示に反する被告の主張は採用できない。

一一、(本件解雇の効力についての総合的考察)

(一) 前掲乙第一号証の一によれば、被告の職員就業規則四条は「職員はその職務について上長の指揮命令に従い通達を守り、上長は所属職員の人格を重んじ、互に協力してその職責を遂行しなければならない」旨、同五条一〇号は、「職員は体面を汚す行為をしてはならない」旨それぞれ規定し、同六八条は懲戒処分事由として1号は「この就業規則中の守らなければならない各条項を守らないとき」2号は「当然なすべき職責を怠つたとき、または業務上の命令を怠つたとき」5号は「故意または過失により会社に重大な損害を与えたとき」と規定し、また同七〇条は懲戒処分として戒告、譴責、減給、職分変更(降格)出勤停止(一五日以内)および懲戒解雇を規定していることが認められる。

そして先に認定した事実によれば、本件解雇理由となつた原告のリボン、腕章、赤鉢巻着用による就業時間内の組合活動および高橋部長に対する名誉毀損行為は右就業規則四条、五条一〇号、六八条1、2号に違反し、業務上の命令を怠つたものとして懲戒事由に該当するというべきである。

(二) しかし原告の右行為のうち、リボン、腕章の着用行為は、原告が営業部員であることを考慮においても、これによつて被告の正常な業務運営を著しく阻害し、被告の職場秩序を著しく乱したとは認められないから、懲戒解雇に価する程悪質な行為と評価することは困難である。

(三) そこで原告の赤鉢巻着用行為について考えるに、

先に認定したとおり、原告は営業部員でありながら、社内外を問わず赤鉢巻を着用し、着用をやめるようにとの再三に亘る上司の業務命令に従わず、取引先への書類逓送にも着用し、その結果被告の主要な取引先から幾多の非難、抗議が被告に対しなされたのであるから、原告の右行為は被告の正常な業務の運営を阻害する行為であり、業務命令違反の罪責は相当に重いというべきである。

然しながら、

(1) 右赤鉢巻着用は、訴外組合が、昭和四〇年四月一日付配転、特に原告、訴外遠藤、同広田の配転を組織攻撃なりとする判断の下に、右配転の延期、撤回ないし事前協議制の確立を求めて、被告に対し団交を要求し、団交を拒否されやむなく訴外組合が抗議手段として案出した重鉢巻斗争指令に基づくものであり、右指令は斗争委員会の方針というよりも、職斗会議の強い要求により、いわば全組合員の総意により採用が決定されたものであること、および本件配転や訴外遠藤、同広田の配転が、訴外組合に対する組織攻撃であると訴外組合が考えたについては、無理からぬ理由が存することは先に詳細に説示したとおりであつて、被告のこれら組合活動家に対する配転の強行ないしかたくなな団交拒否が、右重鉢巻斗争指令を誘発する一因となつていることは否定できない。

(2) 原告の赤鉢巻着用が営業部員として許されないものであり、被告の業務の正常な運営を阻害するものである以上、被告は、業務命令を以つてその撤去を命じうる筋合であるが、原告は組合指令を理由に社内において赤鉢巻着用を続けていたのである。このような原告に対して被告はいかなる理由に基づいて重要な取引先に書類逓送を命じたのであろうか。

原告は、それは被告が処分事由を創出するために命じたのであると主張するけれども、右主張を維持するに足りる証拠は存しない。

しかし、前掲甲第七七号証、証人高橋一夫の証言と、先に認定した原告の書類逓送の経緯を併せ考えると被告が原告に対し取引先へ書類の逓送を命じたのは、原告が赤鉢巻着用のまま取引先へ赴けば、取引先から赤鉢巻についての非難、苦情が出て、原告としては、赤鉢巻を取り外さざるを得ないであろうという計算の下に、いわば鉢巻撤去の業務命令を貫徹し、その実効性を保持しようという意図の下になされたことが容易に看取できる。

しかし社内において赤鉢巻着用を続けている原告に対しては前記代表者の告示どおりそのこと自体をとらえて就業規則所定の制裁を課せば、職場の秩序は保たれ、業務命令の実効性は保持できる筈であり、被告が右のような意図に基づき原告に対し書類逓送を命じたことは、決して妥当な措置といえないばかりでなく、結果としては、平地に波瀾を巻き起こすことにもなつたのである。

してみると、原告の赤鉢巻着用に対する取引先の非難、抗議の責任の一半は被告にも存するというべきである。

(3) 被告は原告の赤鉢巻着用により二、〇〇〇万円余の減収、陳謝のための多額の出張費の出捐を余儀なくされたと主張し、証人高橋一夫、同伊藤幸三の各証言の各一部によれば被告の昭和四〇年九月期決算において前期(三月)に比べ二、二〇〇万円の減収があつたことは認められる。しかし、右減収が原告の右行為により生じたことおよび被告が多額の出張費の出捐を余儀なくされたことを認めるに足りる的確な証拠が存しない。

以上(1)ないし(3)からすれば、原告の赤鉢巻着用行為もいまだもつて懲戒解雇に価する程悪質な行為と評価することは困難である。

(四) 原告の「不当労働行為罪状証明」なる文書の作成発表は、組合指令に基づくものではないが、メモ活動は前年の斗争方針であつたのであり、当時訴外組合が被告の代表者告示や職制のリボン等取りはずし命令に対し不当労働行為である旨強く抗議していたため、原告の右行為も一応訴外組合の右意向に従つてなされたものであると推測できるし、また右文書の表現自体は穏当ではないが、原告は単に右文書を自己の机の上のガラス板の下に挿入したのみで対内的発表にとどまつており、ビラ等による対外的発表は行われておらず、高橋部長の名誉を毀損する危険性は少なく、他方右部長および被告は右事実を了知しながら特別の措置をとらずそのまま放置させていたのである。

被告は、右文書の作成は組合指令に基づくことなく原告が専ら高橋部長に対する私怨を公にしたものであると主張するが前記認定事実に照らし理由のないこと明らかである。

してみると原告の右行為も懲戒解雇に価する程悪質なものとはいえない。

(五) これを要するに、原告のリボン等の着用行為、「不当労働行為罪状証明」なる文書の作成、発表行為はいずれも違法であり、就業規則所定の懲戒事由には該当するが、被告の業務の運営を著しく阻害し、職場秩序を乱し、ひいて被告の信用を失墜させる等被告に重大な損害を与えたものとは認められないから、いまだもつて、懲戒解雇に価する程極めて悪質な行為とはいえない。

しかも被告の職員就業規則六九条には、前記のとおり懲戒処分として解雇に至るまで六段階の定めがあり本件懲戒解雇は原告に対し極めて苛酷な処分であつて、客観的妥当性を欠き、被告の有する裁量権の範囲を著しく逸脱し、解雇権を濫用したものとしてその余の点を判断するまでもなく無効というべきである。右説示に反する被告の主張は採用できない。

一二、従つて、原・被告間には依然として雇用契約が存在し雇用契約上の権利を有するところ、原告本人尋問の結果によれば、被告は原告の右権利を否定し、原告の就労を拒否していることが認められる。

従つて、原告は、民法五三六条二項本文により被告に対し、本件解雇後である昭和四〇年七月一五日以降の賃金請求権を有するところ、原告が、被告の従業員としての地位を有するとした場合昭和四五年九月以降の家族手当一名分の増額および右増額に伴うその後の賃金増額分、一時金の部分を除き、賃金等の額については当事者間に争いがない。

原告は、昭和四五年九月に母が満六〇歳となり原告の扶養家族となつたとして同月以降の家族手当を請求し、被告はこれを争うので考えるに、前掲乙第一号証の一、成立に争いのない乙第一号証の二によれば、被告の昭和四三年四月一日施行の職員就業規則七二条二号(改正前の昭和三七年二月一日施行の職員就業規則七四条二号)は、父母が扶養家族になるための要件として「職員に扶養の義務がありしかも収入の途のない満六〇才以上の父母」と規定していることが認められ、また成立に争いのない甲第七九号証、乙第三〇ないし第三二号証および弁論の全趣旨によれば、被告は、前記職員就業規則七二条二号にいう「収入の途のない」とは所得税法上の扶養控除対象者の最高所得額以下のものをいい、職員の父母のいずれかが右最高所得額以上の所得を有する場合その者は他の一人をも扶養する能力があるものとみて父母のいずれにも家族手当を支給しない取扱いをしており、右取扱いは、家族手当の賃金体系上の性質に照らして合理的であると認められる。そして税法上の右最高所得額は昭和四五、四六年が一〇万円であり、昭和四七年が一五万円であり、他方原告の父加藤清一の所得は昭和四四年が二七四、〇〇〇円、昭和四五年が三一〇、〇〇〇円、昭和四六年が三二〇、〇〇〇円であることが認められる。

従つて、被告の家族手当の右支給基準に照らすと原告の母は右基準に合致しないこと明らかであるからその余の事実を判断するまでもなく原告の昭和四五年九月以降の母の分の家族手当請求および右手当増額に伴う賃金、一時金の請求はいずれも理由がない。

従つて、昭和四五年九月以降の原告の賃金および一時金の額は別表(1)、(2)被告の認否欄の各該当欄記載の各金額であることが明らかである。

一三、よつて原告の本請求中、原告が被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認し、被告は原告に対し金九、四六八、九七七円および内金二、六一七、三八二円に対し訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年一月二三日から、内金六、八五一、五九五円に対し、昭和四七年五月一〇日受付請求の趣旨並に原因変更の申立書(二)送達の翌日であること記録上明らかな同月一一日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるので、これを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、仮執行の宣言につき民訴法一九六条、訴訟費用の負担につき同法九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(別表省略)

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